32話 伝えたいこと
あちこち走り回った。
途中、道行く人が不思議そうな目で私を見ているのに気がついた。
当たり前だ。今の私は、パジャマに上着を羽織っているだけの格好だ。変に思うのも無理はない。
でも、今から家に戻って着替えるつもりなんてなかった。
今は少しでも早く橘さんに会いたい。
会って……言いたいことがある。伝えたい想いがある。
だから、私は走った。
走って。
走って。
走って。
「はあっ……はあっ……はあっ……」
とうとう体力が続かなくなって、私は足を止めた。膝に手をついて、何度も荒い呼吸を繰り返した。
「いったい……どこに……」
街中を探した。でも、橘さんは見つからない。
あちこち走り回ったせいで、体力は限界に近い。足はがくがくと震えている。もう少しも走れない気がする。
私はがんばった方だよね? だから、後回しにしてもいいんじゃないかな? 橘さんのことは明日がんばればいい。そうしても、誰も文句は言わない。
でも……
「……っ!」
今、こうしている間も、橘さんの心は傷ついている。
私のせいで傷ついている。
そう思うと、いてもたってもいられなかった。
橘さんを見つけられない? どこに行ったのかわからない?
なら、見つかるまで探し続けないと。
ここで諦めるなんて、絶対にダメだ! それだけは、やってはいけない。
しっかりしなさい、風祭葵!
私は再び走り出した。息が切れても、脇腹が痛くなっても、足がふらふらになっても……がむしゃらに走り続けた。
そして……
「み……見つ、けた……」
「風祭……くん?」
いつか、夢で見た光景。
どこか見覚えのある公園で、ベンチに座っている橘さんを見つけた。
「どうして、ここに……?」
「思い出したから」
「え?」
「昔のことを思い出したから」
「……っ……」
瞬間、橘さんは今にも泣き出しそうな顔になった。
「私たち、小さい頃に会っていたんだね。この公園で、今と同じように、橘さんは一人でベンチに座っていて……」
「……そこに風祭くんが現れて、私に声をかけてくれました」
私の言葉を引き継いで、風祭さんは当時の思い出を語る。
「あの時の私は、大事な友達がいなくなったことにショックを受けて、一人でふさぎこんでいました。まるで、この世界で一人ぼっちになってしまったみたいに寂しくて……そして、悲しくて……」
当時の気持ちを思い出したのか、橘さんは悲しそうに目を伏せた。
「この世の終わりが来たらこんな気持ちになるのかな、って、そんな大げさなことを考えていました。ちょっと笑っちゃいますよね」
「確かに、少し大げさかもしれないけど……でも、大事な友達がいなくなったんだから、そういうことを考えてもおかしくないと思うな」
「そう言ってもらえると助かります」
橘さんは力のない笑みを浮かべた。
「孤独に打ちひしがれていた時、同じくらいの歳の子に声をかけられました。その子はとても優しくて、私を励ましてくれて……その子のおかげで、私は救われました。また前を向いて歩いて行こうって、そう思えるようになりました」
「その子が私……なんだよね?」
「はい」
「ごめんね、今まで忘れていて……」
「いえ、仕方ないですよ。小さい頃のことですから、忘れているのが普通だと思います」
「でも、橘さんは覚えていた。だから……ごめんね」
橘さんは私のことを覚えていた。たぶん、あの約束のことも覚えている。
それなのに、私は忘れてしまった。最初からなにもなかったみたいに、橘さんとの思い出を手放してしまった。
申し訳なくて、まともに顔を見ることができなくて、私は頭を下げた。
「本当に気にしていないので、頭なんて下げないでください」
「でも……」
「時間はかかりましたけど、私は風祭くんに再会できた。それだけで十分です」
ウソだ。
橘さんは、今、ウソをついた。
なぜか、そんなことを思った。
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