31話 約束
「だから……もう、終わりにします」
「え?」
「風祭くんを追いかけるのは、これで終わりです。明日からただのクラスメイト。難しいかもしれませんが、できれば、挨拶くらいはしてくれるとうれしいです」
橘さんは、無理矢理、という言葉がぴったり似合うような笑みを浮かべた。
見ていて痛々しい。
でも……
橘さんにそんな顔をさせているのは、他でもないこの私だ。
だけど、こうなったのは、橘さんが私を好きじゃなくて、家を目当てに近づいてきたからで……
だけど、橘さんは、本当にそんなことを……
「最後に、これを」
ぐるぐると思考が錯綜して迷いを抱いていると、橘さんは小さな小包を差し出した。
「これは?」
「預っていたものをお返しします」
「預っていたもの?」
なんだろう?
橘さんに、なにかを預けた覚えはないんだけど……
「……これで、私の話は終わりです」
橘さんは、一歩後ろに下がった。
「話を聞いていただいて、ありがとうございました。それでは……さようなら」
勝手に手が動いた。
橘さんを引き止めるために、手を伸ばした。
でも……
「あ……」
伸ばした手は、なにも掴めないで……
橘さんは私に背中を見せて、そのまま走り去って行った。
「橘、さん……」
その背中を呆然と見送る。
橘さんを追いかけるわけでもなく、家の中に戻るわけでもなく。私は、ただその場に呆然と立ち尽くした。
「……っ……」
なんだろう……胸が、痛い。
ぎゅっと、胸元で手を握りしめた。
「いいのか?」
気がついたら桜がいた。
なにかを問いかけるように、じっと私を見つめている。
「……なにが?」
「このまま行かせていいのか、と聞いた」
「でも、橘さんは……」
私を裏切った。
私が好きじゃなくて、私の家が目当てだった。
私なんて見ていなかった。
「本当に、そう思っているのか?」
「それは……」
私の心を見透かしたような桜の言葉に、迷いが生まれた。
一緒に過ごした時間は一ヶ月にも満たない。
でも、橘さんの人柄は理解したつもりだ。
一見、真面目そうに見えるけど、おちゃめなところがあって、一緒にいて楽しいと思えるような人。
そして……なにより、誠実な人。
ウソをつくなんて……ましてや、人を傷つけるようなウソをつくなんて、ありえないと思う。なにかの間違いじゃないか?
でも、昨日のほのかちゃんとの会話は紛れもない事実で……
「私は、なにを信じればいいの……」
答えがわからない。
道標がほしい。
いったい、私はどうすれば……
「……」
ふと、橘さんから渡された小包が目に入った。
……もしかしたら、ここに答えがあるかもしれない。
私は小包を開いた。
「これ、は……」
中に入っていたのは……リボンだ。
白いリボン。でも、長い間使っていたのか、ところどころに汚れがついてしまっている。それと、何度も修繕した跡があった。
「これは……」
橘さんがいつも身につけていたリボンだ。
でも……なぜだろう、見覚えがある。ずっと昔から知っているような、懐かしい感じがする。
そう、これは……
「あ……」
……雪。
……女の子の泣いている顔。
……約束。
記憶が、全て、繋がった。
「どうした?」
桜が訝しげに私を見た。
私は震える手でリボンを握りしめた。
「橘さん、は……」
「ああ」
「橘さんは……本当に、私を好きだったんだ……」
「……ああ、そうだな」
「彼女の愛情は本物だったのに、私はそれを信じることができなくて……ひどいことを言っちゃって……」
「なら、追いかければいい。そして、話し合えばいい」
「まだ、間に合うかな……?」
私の後悔を吹き飛ばすように、桜は言った。
「間に合うかどうかは、葵次第だ」
「桜……」
「どうする?」
桜は目で問いかけてきた。
ここで諦めるのか。
それとも、無様にあがいてみせるのか。
私の選択は……
「……ちょっと出かけてくるから、留守番をお願い」
「それでこそ、私の主だ」
桜は優しく微笑んだ。
その微笑みは私に対する声援みたいで……
私は力が湧き上がるのを感じながら、全速力で駆け出した。
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