表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/88

31話 約束

「だから……もう、終わりにします」

「え?」

「風祭くんを追いかけるのは、これで終わりです。明日からただのクラスメイト。難しいかもしれませんが、できれば、挨拶くらいはしてくれるとうれしいです」


 橘さんは、無理矢理、という言葉がぴったり似合うような笑みを浮かべた。

 見ていて痛々しい。


 でも……

 橘さんにそんな顔をさせているのは、他でもないこの私だ。

 だけど、こうなったのは、橘さんが私を好きじゃなくて、家を目当てに近づいてきたからで……


 だけど、橘さんは、本当にそんなことを……


「最後に、これを」


 ぐるぐると思考が錯綜して迷いを抱いていると、橘さんは小さな小包を差し出した。


「これは?」

「預っていたものをお返しします」

「預っていたもの?」


 なんだろう?

 橘さんに、なにかを預けた覚えはないんだけど……


「……これで、私の話は終わりです」


 橘さんは、一歩後ろに下がった。


「話を聞いていただいて、ありがとうございました。それでは……さようなら」


 勝手に手が動いた。

 橘さんを引き止めるために、手を伸ばした。


 でも……


「あ……」


 伸ばした手は、なにも掴めないで……

 橘さんは私に背中を見せて、そのまま走り去って行った。


「橘、さん……」


 その背中を呆然と見送る。

 橘さんを追いかけるわけでもなく、家の中に戻るわけでもなく。私は、ただその場に呆然と立ち尽くした。


「……っ……」


 なんだろう……胸が、痛い。

 ぎゅっと、胸元で手を握りしめた。


「いいのか?」


 気がついたら桜がいた。

 なにかを問いかけるように、じっと私を見つめている。


「……なにが?」

「このまま行かせていいのか、と聞いた」

「でも、橘さんは……」


 私を裏切った。

 私が好きじゃなくて、私の家が目当てだった。

 私なんて見ていなかった。


「本当に、そう思っているのか?」

「それは……」


 私の心を見透かしたような桜の言葉に、迷いが生まれた。


 一緒に過ごした時間は一ヶ月にも満たない。

 でも、橘さんの人柄は理解したつもりだ。

 一見、真面目そうに見えるけど、おちゃめなところがあって、一緒にいて楽しいと思えるような人。


 そして……なにより、誠実な人。

 ウソをつくなんて……ましてや、人を傷つけるようなウソをつくなんて、ありえないと思う。なにかの間違いじゃないか?


 でも、昨日のほのかちゃんとの会話は紛れもない事実で……


「私は、なにを信じればいいの……」


 答えがわからない。

 道標がほしい。

 いったい、私はどうすれば……


「……」


 ふと、橘さんから渡された小包が目に入った。

 ……もしかしたら、ここに答えがあるかもしれない。


 私は小包を開いた。


「これ、は……」


 中に入っていたのは……リボンだ。

 白いリボン。でも、長い間使っていたのか、ところどころに汚れがついてしまっている。それと、何度も修繕した跡があった。


「これは……」


 橘さんがいつも身につけていたリボンだ。

 でも……なぜだろう、見覚えがある。ずっと昔から知っているような、懐かしい感じがする。


 そう、これは……


「あ……」


 ……雪。

 ……女の子の泣いている顔。

 ……約束。


 記憶が、全て、繋がった。


「どうした?」


 桜が訝しげに私を見た。

 私は震える手でリボンを握りしめた。


「橘さん、は……」

「ああ」

「橘さんは……本当に、私を好きだったんだ……」

「……ああ、そうだな」

「彼女の愛情は本物だったのに、私はそれを信じることができなくて……ひどいことを言っちゃって……」

「なら、追いかければいい。そして、話し合えばいい」

「まだ、間に合うかな……?」


 私の後悔を吹き飛ばすように、桜は言った。


「間に合うかどうかは、葵次第だ」

「桜……」

「どうする?」


 桜は目で問いかけてきた。


 ここで諦めるのか。

 それとも、無様にあがいてみせるのか。


 私の選択は……


「……ちょっと出かけてくるから、留守番をお願い」

「それでこそ、私の主だ」


 桜は優しく微笑んだ。

 その微笑みは私に対する声援みたいで……

 私は力が湧き上がるのを感じながら、全速力で駆け出した。

基本的に、毎日更新していきます。

気に入っていただけましたら、ブクマや評価などをどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ