30話 終わりにしよう
人間、眠くなくても寝ることができるらしい。
学校をズル休みにして、やることもなくてベッドに横になって……そして、ふと目を覚ましたら、窓の外が赤く染まっていた。
気怠い体を起こして、ベッドから降りた。
「桜」
返事はない。
「桜、いないの?」
やっぱり、返事はない。
いつもなら、すぐにやってくるんだけど……出かけているのかな?
「う……」
きゅるるる、とお腹が情けない音をたてた。
そういえば、今日はなにも食べていない。道理でお腹が空くわけだ。
なにか食べよう。
そう決めて、部屋を後にした。
適当になにか作ろう。なにも材料がなかったら、カップラーメンでもいいや。そんなことを思いながらキッチンに向かっている途中。
ピンポーン。
来客を告げるチャイムが鳴り響いた。
「はーい」
玄関に向かおうとして、ふと足を止めた。
私、寝間着のままだ。
急いで部屋に戻って、上着を羽織る。
ピンポーン。
「はいはーい」
チャイムに急かされるように、私は小走りで玄関に向かった。
そして、扉を開けて……
「あ……」
「……こんにちは」
橘さんがいた。
「……」
「……」
橘さんとは、昨日別れて以来会っていない。携帯でメッセージが何通も届いたけど、それも無視した。
お互いに昨日のことを引きずっているのは明白で、気まずい空気が流れた。
「……?」
橘さんの姿に、ふと、なにか違和感を覚えた。
なんだろう? なにかが、いつもと違うような……
「あの……」
重い空気を振り払うように橘さんが口を開いた。
「体調はどうですか?」
「……別に、大したことはないから」
「そうですか、よかった……」
「なにをしにきたの?」
「今日、学校を休んでいたから気になって……」
「そう……なら、私は大丈夫だから。いちいち、気にしないでいいよ」
どうしても素っ気ない、攻撃的な口調になってしまう。
イヤな子だ、私は……
自覚していても、止めることができない。
「用件はこれで終わり? それなら、もういい?」
「あっ……ま、待ってください」
「……なに?」
「話を……話を、させてください」
「話?」
「はい。少しでいいから、話がしたいんです」
それは、昨日の橘さんとほのかちゃんの会話のことに違いない。
橘さんが私に近づいてきた本当の目的。
そのことを思い出すと、胸に鈍い痛みが走る。
「そんなこと……私は、話したくない。なにも聞きたくない」
「少しでいいですから……お願いします」
懇願するように、橘さんは私の目をまっすぐに見つめた。
橘さんの瞳は不安に揺れている。
このまま、橘さんを突き放したらどうなるだろう? 落ち込んでしまうだろうか? それとも、泣いてしまうだろうか?
ふと、橘さんが泣いている姿を想像した。
それは、とてもイヤな光景だった。
「……少しだけだから」
どうしても突き放すことができなくて、私は折れた。
「ありがとうございます」
「それで、話って?」
「……一言、お礼を言いたかったんです」
「お礼?」
予想していた内容と違って、私は怪訝そうに眉をひそめた。
てっきり、昨日のことについて詳しい事情を説明するものだと思っていた。そして、私に理解を求めて、謝罪をして……そういう流れになると思っていた。
それなのに、お礼って……いったい、どういうことなんだろう?
「風祭くんと出会って、私は恋をしました。あの日、風祭くんに告白してから、私は幸せな日々を送ることができました。恋をしている時間は楽しくて、心から幸せでした。そして、昨日、風祭くんとデートをして、楽しい時間を過ごすことができました。だから……ありがとうございます」
「なに、それ……」
そんなことでお礼を言われる覚えなんてない。
だって、私はなにもしていない。
なにもしていないのに、なんで……
「本当に、幸せでした……あの時みたいに、風祭くんは私に温かい優しさをくれました。もっともっと、好きになりました」
橘さんは笑った。
涙を浮かべながら、笑った。
「でも、もう終わりです。私は風祭くんを騙していた。ウソをついていた。それは、決して許されることではありません」
「それは……」
「だから……もう、終わりにします」
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