03話 女装の理由
「さあ、早く起きろ」
「うーん、でも、まだちょっと眠いな」
「素直に起きてくれないなら……」
「起きなかったら?」
「いや、なんでもない……ふふふっ」
「その笑顔が逆に怖い!」
本能が桜に逆らってはいけないと告げている。
仕方ない。
私は二度寝を諦めて、素直にベッドから降りた。
「もう朝食はできてるから、早く着替えて準備をして」
「はーい」
私はパジャマを脱いで、学校の制服に着替えた。
それから鏡台の前に座り、ブラシで髪を梳いた。
……少し頑固な寝癖があって、髪がうまくまとまらない。
「うーん」
「三回回ってワンと言えば、手伝ってやらないこともないぞ? 少しは検討してやる」
「とことん上から目線だね!? っていうか、そこまでしても検討するだけ!?」
「検討するだけありがたいと思ってもらおうか、この葵さまめ」
「もはや日本語が崩壊! 誰っ、この子に言葉を教えた人は!? 常識は教えていないの!?」
「この桜に常識など不要。そう、桜は常識などという世間の枠には囚われないのだ」
誰か、この子をなんとかしてください。
「で、どうするんだ? 手伝うぞ?」
「うん、お願い」
桜にブラシを渡した。
桜は丁寧に私の髪を梳いた。みるみるうちに寝癖が直っていく。
これ、いつものことなんだよね。
いつもながら、すごいなあ、って感心してしまう。
「よし、終わったぞ」
「ありがとう」
これで髪は完璧。
最後に制服のリボンを整えて……準備完了。
鏡で自分の姿を確認する。
腰まで届く、ストレートのロングヘアー。
ボディラインは緩やかで、凹凸は少ない。ちょっと寂しいくらい。
うーん、残念。
でも、自慢じゃないけど身体の線は細い方だ。
手足は細くて長くて、全体的にスリムにまとまっている。
「ん」
試しに笑顔を浮かべてみた。
鏡の中の私は、柔らかい微笑を浮かべた。
自分で言うのもなんだけど、かわいいと思う。
「うん、ばっちり」
「キモ」
「いきなりの暴言に傷ついた! 私、何かした!?」
「葵が女装してるとこを見ると、やるせない気分になる……あー、世界滅びないかなー」
「そこまで言われないといけないの!? っていうか、どれだけ桜の心は病んでいるの!?」
「桜はノーマル。病んでなどいないぞ、失敬な」
「一度、自分の発言を見直そうね。うん」
桜語録とか作ろうかな?
「あと、女装とか言わないで」
「趣味?」
「私はノーマルだよ」
「なら、生き甲斐?」
「どれだけ命かけているの」
「であれば、訓練?」
「しきたりです!」
私……風祭葵は、男だ。
こうやって女の子の格好をしているけど、間違いなく男だ。
もちろん、趣味じゃない。理由あっての女装だ。
風祭家には、とあるしきたりが存在する。
男は成人するまで女として生きること。
それは、遠い昔のこと。
疫病が風祭家を襲い、男の大半がなくなった。
しかし、女は全員無事だった。
そのことがきっかけになって、疫病に魂を持っていかれないように、男は成人するまで女として生きるようになった。
でも、常識的に考えてありえない。病を恐れて女装するなんて笑い話もいいところだ。しきたりに従う人なんて普通はいないだろう。
しかし、しきたりに従わなかった人たちが次々と病に倒れたら?
ありえないと笑い飛ばしていた人たちは病を恐れて、手の平を返すように女装するようになった。
そして……病に倒れる人はいなくなり、風祭家に平穏が訪れた。
以来、しきたりは重要視されるようになって、代々守られることになった。
風祭家の長女……もとい、長男の私は、しきたりに従い、幼い頃から女の子の格好をして、女の子として過ごしてきた。
そんな環境で育ってきたから、いつしか、私は女装することに違和感を感じなくなって……
気がついたら、今の自分を素直に受け止めて、こんな風になっていた。
学校にもこの姿で通っている。
最初は驚かれたけど、今は慣れてしまったのか、男子からも女子からも普通に受け入れられている。
意外となんとかなるものだ。
「歴史ある由緒正しい風祭家の跡取りの葵が、女装趣味に目覚めるなんて……嘆かわしい限りだ」
「だから、趣味って言わないで。第一、私は女の子なんだから」
「心の底まで染まって……よよよ」
「そのウソ泣きやめてちょうだい、なんだかむしょうに腹が立つ」
「葵を怒らせることが桜の生き甲斐なので、それは無理だ」
「わざとだったの!?」
わざわざハンカチをくわえて泣いてよろめく桜が腹立たしい。
「っていうか、別にいいじゃない。誰にも迷惑かけているわけじゃないんだから」
「桜が精神的苦痛を受けているぞ」
「え? なんで?」
「男なのに桜より綺麗な葵を見てると、女としての自信がなくなるぞ」
「え? 綺麗? 私が?」
うれしいな。
ついつい頬が緩んでしまう。
「ちっ」
「本気の舌打ち!?」
「なんのことですか? ふふふ」
「眩しいばかりのごまかしスマイル!」
「そういうわけだから、今すぐ女装をやめろ」
「いーや」
きっぱりと断った。
しきたりを守るという意味もあるけど、それ以前に、やめたいと思わない。
誰になんて言われても、これが私だ。
やめるつもりなんて、これっぽっちもない。
「……なぜならば、最近、女装した自分を見てもらうことが楽しくなってきたから」
「そうそう、なんか楽しくなってきて……って、違うからね!? 勝手に変なモノローグを追加しないでくれる!? それと人の心を読まないで!」
「葵の心の声を代弁したまで」
「ちーがーうー!」
「違うのか?」
「当たり前でしょう!」
「では、見られることに快感を覚えるようになった……と?」
「そういう問題じゃないから! あと、人を変態みたいに言わないでちょうだい!」
「え?」
「違うの? っていうような素の反応はやめて!」
「葵」
突然、桜は真面目な顔になって、じっと私を見つめた。
「ど、どうしたの?」
「そんなに興奮したら身体に悪いぞ」
「誰のせいだと思っているの!?」
ぜいぜいと肩で息をした。
そんな私に、桜は至って冷静に告げる。
「それはともかく」
「なに……? もうツッコミは入れないからね」
「これ以上のんびりしていると遅刻するぞ」
「え!?」
時計の針は午前8時を指していた。
「残念ながら、朝食を食べている時間はない」
「これじゃあ遅刻じゃない!」
ここから学校まで歩いて30分。
一限目の開始は8時半。
間に合うか間に合わないか、ギリギリのところだ。
「すぐに家を出ないと!」
「まったく、葵が早く起きないからこんなことに。海よりも深く反省しろ」
「なにもかも桜のせいでしょう!」
とりあえず、風祭家は朝から平和だった。
基本的に、毎日更新していきます。
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