29話 一人
「……あれ?」
目を開けると、見慣れた天井が映った。
ぼんやりする頭を振りながら、ゆっくり体を起こした。
「えっと……」
なにか、夢を見ていたような気がする。
でも、思い出せない。
なんだろう……とても大事な夢だったような……思い出さないといけないような……
でも、考えれば考えるほど、霧に包まれるように夢の内容はおぼろげになっていって……
「……ダメだ、わからないや」
結局、なにも思い出せなかった。
「まあ、いいか」
思い出せないっていうことは、その程度の夢だった、っていうこと。どうでもいいや。
それに……今は、夢より気になることがある。
「おはよう、桜」
「おはよう」
「ちょっとした疑問があるんだけど、いい?」
「なんだ?」
「そのビデオカメラは、なに?」
どこで手に入れたのか、桜は業務用のビデオカメラを回していた。ちなみに、レンズはこちらを向いている。
「一日レンタルで四千八百円。お得だろう?」
「いや、値段が聞きたいわけじゃなくて、なんで私を撮っているのか、っていうことなんだけど」
「ファンクラブ用の秘蔵特典映像の撮影をしてる。葵の寝起きシーンの映像があれば、さらにファンが増えるだろう」
「まったく……妙なことばかりして」
ため息をこぼしながら、カメラのレンズから逃げるように体を横にした。
「……妙に淡白な反応だな。いつもなら、イヤ! 私の恥ずかしいところをとっちゃらめぇっ、と言うのに」
「はいはい、そうですね」
「桜のボケが無視されるなんて……」
なにやら、桜がショックを受けたような顔をしていた。
「本当にどうした? 様子がおかしいぞ」
「別に……なんでもないし」
「なんでもない、という顔じゃない」
なにかに気づいたように、桜は表情を変えた。
「そういえば、昨日、帰ってきてから様子が変だったな」
「……」
「あれから、橘伊織となにかあったのか?」
「別に……なにもないよ」
そう、なにもなかった。
最初から、なにもなかった。
ただ、それだけのこと。
それだけの……ことだ。
「今日は体調が優れないから、学校を休むね」
「……わかった。学校には私が連絡しておこう」
体調が悪いなんて、どこからどう見てもウソなのに……
桜はなに一つ責めるようなことはしないで。
また、なにも聞こうとしないで。
ただ、私の頭を優しく撫でて、部屋から出て行った。
「……っ……」
一人になると、途端に部屋が広く感じられた。
寂しい。
寂しい。
寂しい。
いいしれようのない虚無感に襲われる。
なんで、私は……
「こ……のっ!」
やりきれない思いがこみ上げてきて……そして、それは苛立ちに変化した。
湧き上がる苛立ちをぶつけるように、枕を叩いた。
ぼすっ、ぼすっ。
何度も何度も叩いた。手が疲れて、振り上げるのが億劫になるまで叩いた。
それでも、心は晴れなくて……
濁った水の底に沈んでいるように、もやもやしていて……
「私は……なにをしているんだろう?」
つぶやいた声は誰にも聞かれなくて。
ただ、誰もいない部屋に寂しく響き渡った。
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