28話 白の思い出
雪が降っていた。
淡い雪がしんしんと降り積もり、世界が少しずつ白に染まっていく。
「……」
小さい女の子がいた。
自分の世界に閉じこもるように、公園のベンチに座っていた。肩や頭にうっすらと雪が積もっているけど、気にしていない。
女の子はじっとしたまま、ただただじっとしていた。
その姿は、世界を拒絶しているかのようだった。
「……ねえ、なにをしているの?」
私が声をかけたのは、単なる好奇心だった。
雪の中で一人でいる女の子……いったい、なにがあったんだろう?
好奇心旺盛な私は、初対面の女の子に物怖じすることなく話しかけた。
「こんなところにいたら、風邪を引いちゃうよ?」
「……別に」
初めて、女の子が口を開いた。
澄んだ綺麗な声だ。
「風邪なんて引いても構いません……」
「なんで? 風邪を引いたら大変だよ。咳が出て熱が出て、外で遊べなくなっちゃうよ」
「別に構いません」
「風邪がひどくなったら、ずっと寝込んじゃうかもしれないよ?」
「それでも構いません」
「どうして?」
質問を重ねる私に根負けした様子で、女の子は小さな口を開いた。
「……こうしていれば、ストラのところに行けるかもしれないから」
「すとら?」
「私の大事な友達……生まれた時から一緒で、どんな時も一緒にいました」
「へえー」
「でも……ストラはいなくなった。死んじゃった」
「……」
「寿命なんだって。犬の寿命は短いから……だから、ストラは先に死んじゃった。私を置いて……いなくなっちゃった」
女の子は何事もないように淡々と語る。
でも、その手は小刻みに震えていて……ほんの少しだけ、女の子の心が見えたような気がした。
そんな光景を見ていたら、この子のためになにかしてあげたい……そんな気持ちが湧き上がってきた。
「ストラ……なんで、私を置いていっちゃうの……ずっと、ずっと一緒にいたかったのに……ふぇ……」
「……」
「う……うぅ……」
なにか声をかけないといけない。
でも、なんて言えばいいんだろう?
大事な友達を失って悲しんでいる子に、私はどんな言葉をかけられるんだろう?
考えて、必死になって考えて……
「えいっ」
「ひゃあっ!?」
女の子の脇の下に手を伸ばして、こちょこちょとくすぐった。
「あはっ、あはは……な、なにを……きゃはははっ」
「このこのっ」
「や、やめっ……きゃふっ……やっ、ひゃうっ……や、やめてください!」
振り払われてしまった。
女の子は顔を真っ赤にして、ぜいぜいと肩で息をしながら私を睨みつける。
「い、いきなりなにをするんですかっ!」
「女の子は、笑顔の方がいいと思うから」
「だからって、いきなり初対面の相手をくすぐるなんて、なにを考えているんですか!」
「えっと……特になにも」
正直に答えると、女の子は脱力して肩を落とした。
「私はただ、あなたに悲しい顔は似合わないと思ったから……笑ってほしいと思ったから……だから、つい」
「つい、であんなことをするなんて……」
こらえきれないといった様子で、女の子はわずかに吹き出した。
「あなた、変わってます」
「うん。なぜか、よく言われるよ」
私自身は、ごく普通にしていたつもりなんだけど……どうしてかな?
「……ありがとうございます。あなたのおかげで、少し気が晴れました」
女の子は立ち上がり、肩や頭に積もった雪を払い落とした。
「どこに行くの?」
「家に帰ります。父さんと母さんが心配しているかもしれないから」
そう言って、女の子は歩き出した。
その背中を見て、私は……
「待って!」
自然と女の子を呼び止めていた。
だって……その背中は、とても寂しそうだったから。
「なんですか?」
「私と友達になろう」
「え?」
「すとら、っていう子の代わりにはなれないけど……でも、私なら、ずっと一緒にいることができるから。だから……」
「……ウソつき」
女の子に睨みつけられた。
「ずっと一緒にいるなんて、そんなこと絶対に無理です。できもしないのに、軽々しくそんなことを言わないでください!」
「私は本気だよ」
「そんな、こと……」
女の子の声が迷うように揺れた。
視線をふらふらとさまよわせて……そして、少ししてうつむいてしまう。
「それでも、やっぱり無理です……ずっと一緒にいるなんて、できません……」
「どうして? そんなことを言うのは、まだ早いと思う。未来のことは誰にもわからないんだから」
「それが、わかるんですよ」
女の子は笑顔を浮かべた。
……とても寂しい笑顔を浮かべた。
「明日、私は引っ越すんです」
「え?」
「引越し先は、ここからすごく遠いところ……だから、私たちはもう会えない。ずっと一緒にいることなんて、できないんです」
「そんな……」
「本当のことを言うと、あなたの言ってくれたことは、うれしかったです。少しだけ、気持ちが楽になりました。ありがとうございます」
こんな時でも、女の子は寂しい顔をしていて……
私は、そんな女の子の顔を見るのはイヤだった。
イヤでイヤで、どうにかしたくて……
得体の知れない衝動に突き動かされるまま、がむしゃらに言葉を紡いだ。
「でも! 二度と会えないわけじゃない!」
「っ」
「どこかでまた会うことができるかもしれない! それで、その時は、ずっと一緒にいられるかもしれないよ! だから……だからっ」
「……」
なにかを考えるように、女の子は静かに目を閉じた。
少しの沈黙。
ややあって、女の子はゆっくり目を開いた。
そして、澄んだ瞳で私を見つめる。
「……そうですね。私たち、また会えるかもしれませんね」
「うん、そうだよ!」
「なら、一つ、約束をしませんか?」
「約束?」
「今度会えたら……その時は、私の傍にいてください。ずっと……ずっと一緒にいてください」
「もちろん!」
私はとびっきりの笑顔で頷いた。
「それじゃあ……はいっ」
女の子に向けて小指を差し出した。
「ゆびきりしようね」
「……はい!」
女の子も小指を差し出した。
『ゆびりげんまん、ウソついたらはりぜんぼんのーます、ゆびきった!』
小指と小指が離れて、約束が成立した。
これで、私たちはずっと一緒だ。
「それじゃあ、コレをあげる」
私は髪を結わえていた白いリボンを外して、女の子に手渡した。
「これは……?」
「約束の証。これがあれば、再会した時にすぐにあなたのことがわかるから」
「……ありがとうございます」
そんな私の反応を見て、女の子は泣いているような笑っているような、そんな複雑な表情を浮かべる。
「……私も、約束しますね」
「え?」
「もし、再会できたら……その時は……」
基本的に、毎日更新していきます。
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