27話 裏側
駅前広場を離れて元の場所に戻ると、橘さんとほのかちゃんの姿が見えた。
二人とも、まだ私には気がついていないみたいだ。
声をかけようとして、
「……本当にそれでいいの?」
やけに真剣なほのかちゃんの声が聞こえてきて、声をかけるタイミングを失った。
二人は今まで見たことないような顔をしている。
なんだろう……なぜか、イヤな予感がした。
今すぐここから逃げ出したい。二人を視界から消したい。そうすれば、きっと、明日からいつも通り賑やかで……そして、幸せな日々がおとずれる。
わけのわからない、そんな予感。
ここから立ち去ろう。逃げよう。それが一番の選択だ。
そう思っているのに……
なぜか、私の足は動かない。
二人の会話を盗み聞きするように、私はその場にじっと立ち尽くしていた。
「今回のこと、やっぱり納得できないわ」
「まだそんな話をしているんですか?」
「だって、いくら家のためだからって、お姉ちゃんが犠牲になるようなことはないじゃない」
「大丈夫、私は平気ですよ。犠牲になんて思っていませんから」
「でも、お父さんの命令であいつに取り入ることになったんでしょ? お姉ちゃんがそんなことをさせられるなんて、あたし、耐えられないよ」
「だから、大丈夫ですよ。さっきから言っているでしょう? 私は本当に……」
そこで、橘さんと目が合った。
「風祭、くん……」
「あ……」
姉妹揃って、動揺を露わにして声を震わせた。
まるで、後ろめたいものを抱えているように。
「……今の話、どういう意味?」
「それは……」
「家のため……? お父さんの命令……?」
「風祭くん、今のは……」
「そっか……そういうことだったんだ」
二人の会話で、私は全部察した。
……察してしまった。
「橘さんは、私を見ていなかった……本当は、私の家を見ていたんだね。今まで告白してきた人みたいに、私なんて……」
「待ってください! そんなことはっ……」
「なにも言わないでっ、聞きたくない!」
私は両手で耳をふさいで、目を閉じた。
なにも聞きたくない。
なにも見たくない。
「っ……!」
……本当は、私は恋をしたかった。恋に憧れていた。
自分がおかしいことは理解しているから、難しいって思っていたけれど……
橘さんなら、もしかして……って、思っていた。
でも……それは、ただの勘違い。
やっぱり、私みたいな女の子の格好をしている男を好きになる人なんて、いるわけなかった。
橘さんが私を好きって言ったのは、私の家が風祭だから。
よくある、いつものパターンだった。
家を目当てに近づいてきただけだった。
私を見ていない告白……そして、形のない愛の言葉。
痛い。
刺が刺さったように、胸が痛い。
痛い……痛い……痛い……誰か、助けて……
「……最悪だよ」
それは、誰に向けての言葉だったんだろう。
橘さんに向けた言葉?
それとも、今までなにも気が付かなかった愚鈍な自分自身に対して?
私は自分自身を抱きしめるようにしながら、ゆっくりと後ろに下がった。
「風祭くんっ、待ってください!」
「……来ないで」
「家のことを黙っていたのは、謝ります。でも、私は本当に……」
「来ないでって言っているでしょ!」
拒絶の言葉を叩きつけると、橘さんの足が止まった。そのまま地面に足が縫い付けられてしまったように、橘さんは動くことができない。
橘さんを攻撃するように。
胸の中で荒れ狂う正体不明の衝動をぶつけるように。
私は、暗い瞳を向けて、口を開いた。
「正直なところを言うと、橘さんに告白されてからの日々は、けっこう楽しかった」
どたばたしていて、慌ただしい日々だったけど……
でも、思い返してみると、私はそんな日々を大切に思っていた。慌ただしくて、毎日が落ち着かない日々だったけど……それでも、私は楽しいと思っていた。橘さんと一緒の時間を過ごすことを、イヤじゃないと思っていた。
でも……それは、全て幻想だった。
私が勝手に一人で見ていただけの、単なる夢だった。
最初からなにもない、私が一人で勝手に踊っているだけの、滑稽な夢。
「楽しかった……だからこそ、私は許せない」
「風祭くん……私は……」
「だから、私はこう言うの」
この時だけは。
はっきりと橘さんの目を見て。
ゆっくりと告げた。
「……さようなら」
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