25話 初めての味は?
必死になって頭を働かせるけど、いいアイディアは浮かんでこない。桜もなにも思い浮かばないのか、無線機は黙ったままだ。
万策尽きた……かな?
「……ほのか、あなたは見誤っています」
反撃に出るように、橘さんが静かに口を開いた。
「見誤る?」
「風祭くんは、あなたが想像している以上に、私のことを想ってくれていますよ」
「とてもそんな風には見えなかったけど?」
「それは、風祭くんが礼節をわきまえているから。周囲に見せつけるような節操のない行動を慎んでいるから、愛が足りないように見えてしまっただけですよ。現に、私と二人きりの時はすごく情熱的で激しくて、一晩中休ませてくれなくて……ぽっ」
「あんた、お姉ちゃんにいったいなにをしたっ!?」
「なにもしてないからね! 本当だからね!? 橘さんも、ここぞとばかりにありもしないことを捏造しないでくれるかな!?」
ほのかちゃんに絞め殺されそうになって、私は慌てて首をぶんぶんと横に振った。
「ひどい、風祭くん……裸を見せ合った仲なのに、そんなことを言うなんて……」
「本当になにをした!? きりきり白状しなさい! さあさあさあ!!!」
「確かにあの時は裸だったけど、それはお風呂に入ったからで……あわわわっ」
ほのかちゃんに首元を掴まれて、ぐらんぐらんと揺さぶられた。
視界が上下左右に揺れて気持ち悪い……おえ。
「……とまあ、そんな感じで、ちょっとわかりにくいだけで、風祭くんは私のことをしっかり想ってくれているんですよ」
「ぐぐっ……あたしも、お姉ちゃんとお風呂入りたいのに……体を洗いっこして、一緒にお風呂に入って、それからそれから……ふへへ」
「趣旨が変わっているからね? あと、鼻血」
「あ、どうも」
素直にティッシュを受け取るほのかちゃん。
この子の将来、大丈夫なのかな……?
他人事ながら心配になってしまう。
「じゃあ、そういうわけで」
「あ、うん。またね」
バイバイ、と手を振り……
「って、違う! さらっと流そうとしないで!? ここで流されたら、あたし、バカみたいじゃない!」
「えっと……ごめんね、気をつかえなくて」
「そこで謝らないで!? あたし、本当にバカみたいじゃないっ」
「ほのか。私はいつでも味方ですからね」
「お姉ちゃんの優しさが今は痛い!?」
ほのかちゃんは、頭を抱えて叫んで……
それから、ふと、冷静になった様子で、キッとこちらを睨んだ。
「って、気がついたらあんたのペースになってるじゃない! 危ない危ない……これがあんたの手口っていうわけね。敵ながら恐ろしいヤツ」
「いや、全部、ほのかちゃんのうっかりだと思うんだけど……」
「あぁん?」
「なんでもありません……」
この子、超怖い。
「とにかく! 二人の間に流れる空気は甘いものじゃなくて、友達みたいに気軽なもので……とてもじゃないけど、恋人には見えなかった!」
諦めきれないほのかちゃんは、なおも抵抗を続ける。
しかし、そんなセリフは予想の範囲内だったらしく、橘さんの余裕は崩れない。
「恋人に見えない……なら、逆に聞きますけど、どういう雰囲気だったら、どういうことをしたら恋人に見えるんですか?」
「それは……その、色々あるじゃない」
「色々、とは?」
「だから、腕を組んだり、愛の言葉をささやいたり……キスをしたり」
意外と純情なのか、ほのかちゃんは赤くなりながら、そんなことを口にした。
そのセリフを受けて、橘さんはうんうんと頷いた。
「そうですね、ほのかの言うことも一理あります……わかりました。そういうことなら、恋人らしいことを今から実演してみせましょう」
「え?」
「風祭くん」
いつの間にか、橘さんの顔が目の前にあった。
「えっ、ちょ、なにを……んっ!?」
最後まで言葉を出せなかった。
橘さんの唇が私の唇と重なってしまったからだ。
「んっ……ふぅ……」
橘さんは私の頬に手を添えながら、さらに唇を求めるように顔を押し出してきた。
橘さんの唇、柔らかい……そして、火傷しそうなくらい熱い。
でも、それがとても気持ちよくて、心地よくて……
なんだか、頭がぼうっとしてきた。熱にうなされるように、思考が曖昧になっていく。
「ちゅ……ちゅる」
唇を割って、なにかが口の中に入ってきた。
橘さんの舌だ。
生き物のように口内を這い回り、私の舌を見つけると、喜ぶように絡みついてきた。
舌と舌が絡み合い、唾液が弾ける。私はなにも考えられなくて、二人分の唾液をこくりと飲み込んだ。
甘い。
はちみつでも飲んだように、とても甘い。
「んっ……うぅ……はぁぁぁ」
そっと、橘さんの唇が離れた。
唇と唇の間に唾液が糸を引く。
私はその場にへたり込みそうになるのを必死でこらえながら、荒い吐息をこぼした。
「これでどうですか?」
「お、お、お姉ちゃん……今、なにを……」
「もちろん、キスですよ。ふふふっ」
わずかに頬を染めた橘さんは、妖艶な笑みを浮かべてみせた。
「そんな……なんで、そこまでするの……そんなヤツ相手に、望みもしないはずの相手なのに……」
「どうやら、まだ納得してくれないようですね。それなら、もう一度……」
「お姉ちゃんが……お姉ちゃんが……お姉ちゃんが……」
あまりのショックに、ほのかちゃんは灰になっていた。
そんな妹を見て、橘さんがため息をこぼした。
「まったく……そろそろ、姉離れしてほしいんですけど、この子にも困ったものですね。そう思いませんか、風祭くん?」
「……ふぇ?」
なにか問いかけられたような気がするけど、よく聞こえなかった。
キスの余韻がまだ残っていて……
頭がぼんやりして、まともにものを考えられない。
「えっと……」
「どうしたんですか、風祭くん」
橘さんが私の顔を覗きこんできた。
綺麗な顔がアップになって……そして、桜色の唇が目の前に……
「と……」
「と?」
「トイレに行ってくるねっ!」
とてもじゃないけど、橘さんの顔をまともに見ることができなくて……
慌ててその場から逃げ出した。
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