21話 今来たばかりだよ、っていう言葉ほど信用ならない
あっという間に時間が流れて、休日になった。
休日の駅前は人だらけ。あっちからこっちに人の波が行き交っていて、普通に歩くのも難しいくらいだ。
私は人混みを縫うように歩きながら、駅前広場中央にある時計台を目指した。
「えっと、橘さんは……あっ、いたいた」
時計台の下に橘さんを見つけて、小走りに駆け寄る。
「橘さん、おまたせ」
「あっ、風祭くん」
声をかけると、橘さんは花が咲くような笑みを浮かべた。
「待たせちゃった?」
「ええ、少し」
「ごめんね」
「気にしないでください、ほんの3時間ほどですから」
「えぇっ!? 私、時間間違えた!?」
「いいえ。私が早く来ただけですから、気にしないでください。奇異の視線を向けられたり、デートすっぽかされたんだなという同情の目で見られたり、ナンパされたり……色々ありましたが、まったく気にしていませんから」
「ものすごい気にしてるよね!? 心にグサグサってきちゃうっ」
「ふふふっ、冗談ですよ」
「え?」
「本当は、30分ほど待っていただけです。風祭くんがかわいいので、思わずからかってしまいました」
「あ、あのねぇ……私、本当に3時間も待たせちゃったんじゃないかって、慌てたんだから……」
「ごめんなさい。つい、出来心で」
ぺろ、っと舌を出して謝る橘さん。
そうやって、かわいく謝られたら、これ以上強く言えなくなってしまう。
「でも、30分は待たせちゃったんだね」
「気にしないでください。さっきも言いましたが、私が勝手に早く来ただけなので。それに……」
「それに?」
「待っている間もデートの内です。今日はどんなことをして風祭くんと一緒に遊ぼう? どんな話をしよう? お昼はどこで食べよう? ……待っている間、そうやってデートのことを考えていたので、楽しい時間を過ごすことができました」
私に気をつかわせないためじゃなくて、心からそう思っているみたいだ。橘さんの楽しそうな笑顔を見ていると、そのことがわかる。
ほのかちゃんを諦めさせるための作戦とはいえ、今日のデートをそこまで楽しみにしていたなんて……
そこまで想われていることに、ちょっと照れる。
同時に、少しうれしくなる。
橘さんの想いに応えるわけじゃないけど、単純に、好意を向けられることはうれしいからね。
「それじゃあ、行きましょうか」
「うん、そうだね……って、待った待った」
「あら? トイレですか? それなら、私もご一緒に……」
「ナチュラルにトイレまでついてこようとしないで! っていうか、違うから!」
「では、お花を詰みに? それなら、私もご一緒に……」
「同じ意味だよね、それ! それと、なんでそこまで一緒についてこようとするの!?」
「それは……ぽっ」
「なにを考えたの!?」
「◯◯◯で、×××というようなことを少々」
「放送禁止用語!?」
一緒にいたせいで桜の影響を受けたのか、それとも、元々こんな性格だったのか。
最近の橘さんは、なんだか、桜に似てきたような気がする。
桜が二人。
そう思うと、どっと疲労が押し寄せてきた。
「今日のデートは、あくまでもほのかちゃんを諦めさせるための作戦でしょう? ほのかちゃんが来ていないのに、出かけても仕方ないじゃない」
「……ああ」
そういえばそうだったというように、橘さんはぽんと手を打った。
「橘さん、忘れていたでしょう……?」
「いえ、そんなことはありません。しっかりと覚えていましたよ」
「絶対ウソ」
「ウソなんてついていません。この目を見てください」
「おもいきり逸らしているんだけど……」
「あらあら、まあまあ、ふふふっ」
「ものすごい適当なごまかし方!?」
『二人とも、夫婦漫才はそこまでに』
あらかじめ左耳につけておいたイヤホンから、桜の声が聞こえてきた。
「桜? そっちの様子はどう? 私たちのことはちゃんと見えている?」
『問題ない。二人の姿をしっかり確認している』
桜には少し離れたところで待機してもらっている。そうやって距離をとってもらい、デート中、後方から色々とサポートしてもらう予定だ。
ただ、こちらから姿が見えないというのは少し不安だ。
「今どこにいるの?」
『葵の後方、約二十メートルのところの電柱の影にいる』
「電柱の影……?」
振り向いて……
「っ!?」
思わず大きな声をあげそうになった。
サングラスとマスクで顔を隠して、ロングコートをまとい、深々と帽子をかぶっている不審者がそこにいた。
もしかして、あれが桜……?
『どうだ、この完璧な変装は? これなら、誰も正体を見破ることはできまい』
「いや、まあ、確かに正体はわからないと思うけど……」
その代わり、注目度は抜群だ。
ついでに怪しさも炸裂だ。
私たちをサポートする以前に、警察官に職務質問されて連れて行かれるんじゃないかな……?
『これで準備は完璧』
「完璧、かなぁ……」
『あとは、橘ほのかが来るのを待つだけだ』
不安は残るけど……
ひとまず、準備は完了した。
あとは、デートをするだけなんだけど……果たして、どうなることやら。
基本的に、毎日更新していきます。
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