02話 風祭葵と篠宮桜
「起きてください」
「ん……う?」
ゆさゆさ、ゆさゆさ。
私はゆっくりと目を開けた。
眩しい光が飛び込んできて、反射的に目を細めた。
「ふわぁ……朝?」
むにゃむにゃと、まぶたを擦る。
そして、視界が明順応したところで時計を見た。
午前7時。
ちょうどいい時間だ。
ゆっくり身体を起こして、あくびを一つ。
続いて、ベッドの隣に立っている女の子に笑顔を向ける。
「おはよう、桜」
「おはよう、葵」
メイド服を着た女の子は、淡々とした口調で挨拶を返した。
篠宮桜。
幼馴染であり、この家の使用人だ。
うらやましくなるようなサラサラの髪は、ショートカット。
背は低い方で、体は私より一回りくらい小さい。私と同じ高校二年生だけど、その小柄な体格のせいで中学生に見える時がある。
人形のような顔をしていて、とてもかわいいと思う。でも、常に無表情。ついでに口が悪い。極めつけに、どこかに感情を置き忘れてきたような、完璧なポーカーフェイス。
傍から見ると怒っているように見えるけど、そういうわけじゃない。愛想が足りないだけで、この状態がデフォルトなんだよね。
「ふわぁ」
またあくびがこぼれた。まだ、ちょっと眠い。
余裕はあるから、もうちょっとくらい寝てもいいかな……?
うん、そうしよう。
「おやすみなさい」
「二度寝するな」
「あと5分……」
「起きろやコラ」
「ひゃあ!?」
一瞬の浮遊感の後、衝撃。
桜にベッドから叩き落とされた。
「な、何するの!?」」
「葵があまりにもベタな台詞を口にしたからイラっと……いや、二度寝しようとしたから、阻止した」
「今、ちらりと本音がこぼれたような……?」
「葵を蹴る絶好のチャンスを逃すわけにはいかないと思い、無慈悲に実行した」
「とんでもない本音だった!?」
「いいから。ほら、起きて。二度寝したら遅刻するぞ」
「二度寝したい……布団が恋しい……」
「そんなに寝たいなら、永遠に寝かせてやるぞ。主を気遣う桜は、メイドの鑑だな」
主を永眠させるメイドが立派なものであってたまるか!
いや、まあ、二度目しようとする私も悪いんだけど……
でも、わかるでしょう?
温かい布団に包まれて、ぐっすりと眠る……
あの気持ちよさからは、誰も逃げられないと思うんだよね。うん。
二度寝最高!
……現実逃避はここまでにしておこう。
「確かに私が悪いかもしれないけど、だからって、ベッドから叩き落とさなくてもいいじゃない」
「叩き落としてないぞ」
「え? でも……」
「蹴り落としただけだ」
「もっと優しく起こして!?」
「次は締め落とす」
「落とす意味が違う!?」
「人生のドン底に突き落とす」
この暴言の数々、とてもメイドとは思えない。
実は、メイドの皮をかぶったサディストなんじゃないだろうか?
思わず、私は真剣に考えた。
「ひどいことばかり言うと、桜の給料を落とすよ」
「さあ、葵さま。さわやかな朝の陽を浴びて、今日も一日、元気にがんばりましょう。桜、微力ながらお手伝いいたしますわ。ほほほ」
「ぶっちゃけキモいっ!?」
「さすがの桜も怒るぞ?」
「ごめんなさい……キモいは言い過ぎだよね。気持ち悪い、にした方がよかったね」
「それ、変わらないからな? もしかして、葵は桜にケンカを売っているのか? いいぞ、買うぞ。今なら半額セールだ」
買う側の桜が値段を決めてどうするの?
「最近、桜の私に対する態度がひどくない?」
「そんなことはない。桜は、誠心誠意、葵に仕えてる」
「そう? 少なくとも、主に対する侍女の態度じゃないと思うけれど」
「気のせい」
桜はしれっと言った。
真顔でそう言える根性はすごいと思う。
ちなみに……桜の家は、昔から私の家に仕えてきてくれた。
だから、当たり前のように、桜も私の家に仕えるようになって……
そして、当たり前のように、私の身の回りの世話をするようになった。
ただ、私としては、主と侍女の関係になったからといって、距離ができるのはイヤだ。私によそよそしくする桜なんて見たくない。
今みたいに、私に遠慮しないではっきりした言動をとる桜の態度は好ましいのだけど……
ただ、もうちょっとでいいから、主を敬う心を身につけてほしい。
こうやって物理的に叩き起こされる度に、切に願う。
ホント、お願いします。
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