19話 認めないんだから!
「あたしは、あんたを認めない……あんたみたいな女装野郎がお姉ちゃんと付き合うなんて、百万光年早いんだから!」
「光年って、長さの単位だけど?」
「百万億光年早いわ!」
まったく理解していない!?
「……つまり、あんな手紙を送ったのは、文面通りで、私と橘さんが釣り合っていないから別れろ、と……そういう意味?」
そうだとしたら、一応、説明はつくんだけど……
でも、それでもちょっと納得できないところがある。
姉妹の恋愛事情に口を出すなんて、普通するかな? 自分の子供とか、そういう関係ならわからないでもないけど、橘さんとほのかちゃんは普通の姉妹なわけで……
ほのかちゃんの行動は、ちょっと行き過ぎなような気がした。
「どうして、そこまでする?」
同じような疑問を持ったのか、桜が口を挟んだ。
「どんな形であれ、恋愛は個人の自由だ。妹であるお前が、姉の恋愛に口を出す権利なんてないぞ」
「あるわよ!」
「その根拠は?」
「お姉ちゃんは、将来、私と結婚するんだからっ!」
一瞬、時間が凍った。
「は?」
桜にしては珍しく……本当に珍しく、目を丸くした。
「えっと……それは、どういう意味だ?」
「なに、結婚の意味もわからないの? いい? 結婚っていうのは、好き合っている人同士がずっと一緒にいることなんだから」
「そんなことはわかる。桜が聞きたいのは……」
「あら、わかってたの? あんた、見た目によらず頭がいいのね、褒めてあげる」
桜が、こいつ殺る、というような目をした。
大変だ、この子、本気の中の本気だ。
私は、慌てて話を先に進める。
「そ、それはともかく! ど、どういうことなのか詳しく教えてくれない?」
「仕方ないわね」
ほのかちゃんはうっとりしながら……さながら、恋する乙女のように語る。
「私はお姉ちゃんのことが好き、大好き。ううん、愛してる。心の底から慕っているわ。だから、将来はお姉ちゃんと結婚するの。そうするのが当たり前でしょう? 好きな人同士は、結婚するんだから。それに、小さい頃に約束もしたの。お姉ちゃん、大きくなったら私と結婚しよう。ええ、いいわよ……って」
「「「………………」」」
一同、ドン引きだった。
まさか、橘さんの妹が重度のシスコンだったなんて……
「それなのに、いきなり好きな人ができたとか言われて……挙句の果てに、その相手が女装野郎だなんて……そんなの認められるわけないじゃない!」
えっと……つまり、こういうこと?
今回の事件は、ほのかちゃんの重度のシスコンが原因で……
私は恋のライバルに認定された、っていうこと?
「あんたなんかに絶対負けない! たとえどんな卑怯な手を使っても、お姉ちゃんを渡したりなんかしないんだから!」
「えっと……」
この状況、どうしよう?
助けを求めるように橘さんを見る。
橘さんはほのかちゃんの困った発言に頭痛を覚えているのか、こめかみの辺りを指先で押さえていた。
「ほのか、あなたは、まだそんな夢みたいなことを……」
「夢じゃないわよ! あたしとお姉ちゃんが結婚すれば、本当のことになる、現実になるんだから!」
「だから、前から言っているでしょう。私には風祭くんという好きな人がいるし、そもそも姉妹で結婚はできません」
「姉妹でも愛さえあれば関係ないわ!」
「ないわけないでしょう」
「ないったらないの! だいたい、そこの変態を好きなんてウソでしょう? 仕方なく、付き合うことになって、好きだと思い込んでいるだけでしょう? だから、あたしがお姉ちゃんを助けてあげるの!」
「そのことについては、もう何度も説明したでしょう? 私は、私の意思で風祭くんを好きになったんです」
仕方なく付き合うことに? 私の意思で?
二人の言葉に、なにかひっかかるものを覚えたけど……
それがどういうものなのか考えるヒマもなく、二人の会話は進む。
「ほのか、あなたは勘違いをしています。外部からの干渉なんて関係ありません。私は、心の底から風祭くんを慕っています。これは私の意思です」
「信じられない! その気持ちも、そこの極悪非道悪辣辛辣外道畜生悪鬼羅刹の風祭葵に騙されているだけよ、早く目を覚まして!」
どうして、そこまで言われないといけないのかな……?
ちょっと泣いてしまいそう。
「とにかく、絶対にやだ! やだやだやだ! 認められない! 認めてたまるもんですか!」
まるで駄々っ子だ。ほのかちゃんは、姉である橘さんの言葉にも耳を傾けようとしない。
これは参った。まさか、こんな展開が待ち受けているなんて思いもしなかった。悪質なイタズラなら、実力で黙らせるとか、脅すとか選択肢はあったと思うんだけど……さすがに、今回はそういうわけにはいかない。
これ、どうやって事態を収束させればいいのかな……?
「橘ほのか、一つ言っておくぞ」
なにか思いついたのか、桜が一歩前に出た。
「橘伊織が葵に騙されていると言ったけど、そうではないとしたら?」
「え?」
「二人が心の底から愛し合っている関係だとしたら? その場合は、おじゃま虫はどちらになる?」
「そ、そんなことない」
「どうしてそう言い切れる?」
「だって、お姉ちゃんは、仕方なくそこの変態と付き合うことになったんだから」
「なんでそう断言できるのかよくわからないが……そんなことはないぞ。二人の仲は良好だ。周囲の人に聞いても、同じ答えが返ってくるだろう」
「そんなはず……」
「二人の関係をよく確かめていないのに、どうして好き合っていない言い切れる? 二人の想いが合致していないことを、自分の目で確認したのか? していないだろう? なら、断言するのは早いぞ」
「う……」
ほのかちゃんが押されていた。
さすが、桜というべきか。
人をやりこめるのは得意だ。自分のターンがおとずれて上機嫌なのか、今の桜は生き生きとしている。
「で、でも、だからといって、お姉ちゃんが騙されていない証拠はない……」
「確かに、証拠はないが……それなら、自分で確かめてみたらどうだ?」
「自分で?」
「そう、自分の目で確かめてみるといい。橘伊織は、風祭葵に騙されているのか。二人はふさわしい関係なのかどうか」
「あたしが、確かめる……」
桜の言葉に誘導されるまま、ほのかちゃんはそうつぶやいた。こうなったら、完全に桜のペースだ。
「い、いいわ……そこまで言うのなら、確かめてやろうじゃない! 風祭葵がお姉ちゃんにふさわしいかどうか、この目で見極めてあげる!」
「よく言った。その挑戦、受けて立つ」
えっと……
なにやら、私を置いて勝手に話が進んでいる。
二人の関係を見極めるとか、挑戦を受けて立つとか。なんだか、ろくでもないことになりそうな気がするけど……たぶん、私が口を出しても誰も聞いてくれないんだよね。
はあ。
自然とため息がこぼれた。
なんでこう、私の周りには、特殊というか、色々な意味で濃い人たちが集まるんだろう?
一瞬、類は友を呼ぶ、という言葉が思い浮かんだけど……
そんなことはないと、私は心の中で必死に否定するのだった。
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