18話 橘ほのか
結論から言うと、私の作戦は成功した。
放課後、私の家に集まり、さっそくハッキングを試みた。
ハッキングは驚くほどすんなり成功して……桜曰く、学校のセキュリティはザルらしい……防犯カメラの記録を確かめることができた。そして、その記録には犯人の姿がはっきりと映っていた。
犯人は、意外というか女の子だった。
一年A組。橘ほのか。
それが犯人の名前だ。
なんで犯人の名前とクラスまでわかったのかというと……まあ、苗字を聞いたら理由はわかると思う。
橘ほのか。
苗字が示す通り、橘さんの妹だ。
防犯カメラの記録を見て、橘さんも犯人が妹であることを認めた。
こうして、犯人の正体は判明したけど……逆に、謎が増えた。
なんで、橘さんの妹はあんなことをしたのか?
私とほのかちゃんの間に面識はない……と思う。
橘さんと同じように、ほのかちゃんも転校生だ。しかも、一学年下となれば、顔を合わせる機会なんてない。
廊下ですれ違うくらいのことはあったかもしれないけど、なにか恨みを買うようなことをした覚えはない。心当たりはゼロだ。
みんなであれこれ議論を交わしたけど、結局、答えは出なくて……
最終的には、本人に確かめるしかない、という結論になった。
そして、今日。
事の真相を確かめるために、私たちはほのかちゃんを待ち伏せすることにした。
――――――――――
放課後になって、教室からぱらぱらと生徒が出て来た。
その様子を、廊下の角からそっと覗き見る。
「出て来た?」
「いえ……まだですね。あの子は、まだ教室に残っていると思います」
「早く出て来い……事の真偽を確かめてやる。そして、桜に面倒なことをさせた報い、必ず受けてもらうぞ。手……足……どっちがいいかな?」
「私も、色々と聞かないといけませんね。風祭くんに対してあんなことをするなんて、返事の内容次第では、いくら妹でも……ふふっ、うふふふっ」
「あのー……二人とも、あまり物騒な会話は控えてね? 私が怖いから」
めらめらと闘志を燃やす二人に声をかけるけど……ダメだ、聞いてないよ。
犯人と対峙する瞬間を目の前にして、二人ともやる気に満ちている。いや、殺る気と言った方が正しいのかもしれない。
この二人に任せたらとんでもないことになる。
そんな予感を覚えた私は、なんとしても主導権を握ろうと誓った。
と、その時。
「あ!」
「出て来ました!」
教室の方を見ると、防犯カメラの記録にあった女の子……ほのかちゃんが出て来た。
長い黒髪をポニーテールに結った、さわやかな感じのする女の子だ。手足が長くてすらっと伸びていて、腰の位置が高い。体の凹凸も、うらやましいくらいにハッキリとしている。
グラビアアイドルみたいで、さすが、橘さんの妹というところか。
「行こう」
先陣を切って、私は廊下の角から飛び出した。
二人が着いてくるのを確認してから、ほのかちゃんに声をかける。
「ねえ、ちょっといいかな?」
「え? ……あ、あんたは!」
私の顔を見るなり、ほのかちゃんは驚きと焦りが混じったような表情を浮かべた。
わかりやすい子だなあ。
内心で苦笑しながら、話を続ける。
「ちょっと話したいことがあるんだけど……今、いいかな?」
「ほのか、全部話してもらいますよ」
「逃げられると思わない方がいいぞ」
私だけじゃなくて、橘さんもいることで、ほのかちゃんは自分の立場を理解したみたいだ。諦めたように小さく頷いた。
「まずは、場所を移そうか。ここは人目があるから、うーんと……屋上に行こう?」
「……わかりました」
みんなで屋上に移動する。意外というか、ほのかちゃんは逃げようとしないで、素直に着いてきてくれた。
屋上に移動すると風に吹かれた。
今日は時期外れの寒波が押し寄せているらしく、風が冷たい。ただ、そのおかげで他に人がいないので、秘密の話をするには都合がいい。
「それで、話ってなんですか?」
「それは、私に言われてなくてもわかっているんじゃないかな? ねえ……怪しい手紙の差出人さん」
「っ」
ほのかちゃんは気まずそうな顔をした。
その反応から、間違いないと改めて確信を得る。一連の事件の犯人はほのかちゃんだ。
「ストレートにたずねるけど……ここ最近、私に変な手紙を送りつけていたのは、ほのかちゃんで間違いないよね?」
「……そうよ」
ばれているのなら隠す必要はないと思ったのか、ほのかちゃんは意外とあっさり犯行を認めた。
「不幸の手紙……じゃなくて、ふから? ふしん? の手紙を送るなんて、どういうつもり?」
「ふから? ふしん? なに言ってるの?」
「なにって……ほのかちゃんが送ってきたんだよね?」
例の手紙を取り出して見せた。
「ほら、ここ。不辛、って書いてあるでしょう? これは、ふから? それとも、ふしんでいいの?」
「……」
少しの間、ほのかちゃんは手紙を見つめて……
次いで、真っ赤になった。
「これは不幸の手紙よ、ふ・こ・う! 辛って書いたのは間違いよ! 悪かったわね!」
「あ、そういうことなんだ」
疑問が解けてすっきりした。
それと同時に、ちょっと拍子抜けした。
ずっとあんな手紙を送ってくるから、すごい悪い子なのかと思っていたけど……今の反応を見る限り、そんな感じはしない。ちょっと間の抜けたかわいい子、っていう印象だ。
とても、こんなイタズラをするような子には見えないんだけど……うーん、人は見かけによらない、っていうヤツなのかな?
「なによ、ちょっと似たような漢字と間違えただけじゃない……だいたい、気づいているなら教えてくれたって……」
なにやらぶつぶつ言っているけど……
不幸の手紙の差出人に、この漢字間違っていますよ、と指摘するような人なんていないと思うよ。
「えっと……話を戻すけど、ほのかちゃんはなんであんなことを?」
「それは……」
言いよどむほのかちゃん。
そんな妹を、橘さんはきつく睨みつけた。
「ちゃんと話してください、ほのか。でないと……大変なことになりますよ、ふふっ」
なにがどう大変なことになるのか、具体的に説明しないところが怖い。あと、意味深な笑みがとても怖い。
最近の私、橘さんに恐怖してばかりだ……うーん、恐ろしや。
とにかくも……
うっすらと笑う橘さんに恐れをなしたのか、ほのかちゃんは口を開いた。
「わ、わかったわよ……ちゃんと説明するから」
「じゃあ、あらためて聞くけど……この手紙を送ったのは、ほのかちゃんで間違いないよね?」
「ええ……間違いないわ」
「どうして、こんなことを?」
「……あんたなんか、お姉ちゃんにふさわしくないから」
「え?」
「あんたなんか、お姉ちゃんにふさわしくないって言ったのよ!」
親の仇を見るような目で睨まれた。
その目には、ハッキリとした強い敵意が混じっていた。
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