17話 反撃開始
不幸の手紙……って言っていいのかな、あれは? それとも、ふからの手紙? あるいは、ふしんの手紙?
とにかく、怪しい手紙を送りつけられて一週間が経った。
手紙はあれでおしまい。二通目を送りつけられることはない。やっぱり、あれはイタズラだったんだろう。
……っていう結果になればよかったんだけど。
「これで、二十四通目……はあ」
朝、登校したら机の中に手紙が入っていた。これで二十四通目だ。
内容はいつも通り。橘さんと別れろ、でないと不辛になる……だ。
二十四通目になっても不辛のままというところに、なんともいえない恐怖を感じる。
「さすがに疲れるなあ……」
私は机に突っ伏した。
毎日、得体の知れない手紙を送りつけられて、さすがにうんざりしている。
心が安らぐ時間がないというか、落ち着かないというか……この一週間の精神的な疲労は相当なものになっている。
これ以上、こんな事態が続いたらたまらない。そろそろなんとかしないといけないかな……?
「でも、どうしよう?」
「それはもちろん、殲滅あるのみです!」
顔を上げると、バックにめらめらと炎を燃やしている橘さんが、力強く拳を握りしめていた。
よろしい、ならば戦争だ……なんていうセリフが似合いそうだ。
……本当に言い出しそうで怖い。
「私の風祭くんに対する悪逆非道の数々、決して許されるものではありません。今すぐに犯人を突き止めて、二度とこのような真似ができないように、その体に徹底的に教えこんであげないといけません!」
「私は橘さんのものじゃないからね?」
当然のように、私の言葉はスルーされる。
ちょっと寂しい。
「その意見に賛成するぞ」
桜が橘さんに追随した。
「葵にいやがらせをするなんて、許せないな」
「桜……」
「葵をからかったりいじめたりしていいのは侍女である桜だけだ」
今の感動を返せ。
っていうか、侍女にそんな権利はないからね? 桜は、侍女について、もうちょっと色々と調べてほしいな。これ、私からのお願い。
「一日でも早く犯人を突き止めて、生まれてきたことを後悔させてあげましょう」
「うむ、生き地獄というものを見せてやろう。個人情報をネットで暴露して、社会的制裁を加えるべきだ」
だから、なんであなたたちは、そんなに物騒なことばかり言うの? ストレスでも溜まっているの? キレやすい若者なの?
「というわけで、葵」
「今すぐ犯人を探しに行きましょう」
「まあ、その後の処置についてはともかく、探すことについては賛成なんだけど……でも、どうするつもり?」
この一週間、なにもしなかったわけじゃない。
私になりに犯人を突き止めようとして、下駄箱を張り込んでみたことがある。でも、そういう時に限って犯人は現れなくて、徒労に終わった。
たぶん、犯人は慎重な性格をしているんだと思う。私に見つからないように最大限の注意を払っていて、限りなく犯行の痕跡をゼロにして……だから、尻尾を捕まえることができない。
そんな相手を、二人はどうやって捕まえるつもりだろう?
「……」
「……」
二人は沈黙して、揃って目を逸らした。
どうやら、なにも考えてなかったらしい。
勢いだけはいいのに……はあ。
「うーん……仕方ないか。こうなったら、奥の手を使おうかな」
「奥の手、ですか?」
「うん。ちょっと悪いことをするから、なるべくこの手は使いたくなかったんだけど……この際、仕方ないよね。私の安眠、心の平穏のためだもん」
「葵、それはいったい……?」
「知ってる? この学校にはセキュリティ対策として、あちこちに防犯カメラが設置されているんだよ? トイレなんかは、さすがにないけど……そういうところ以外は、防犯カメラの死角はゼロ。誰も、隠れることはできないの」
「まさか……防犯カメラの記録を見るつもりですか?」
「橘さん、正解」
この学校の防犯カメラは二十四時間、一ヶ月分の映像が記録されている。それを見ることができれば、犯人の姿を確かめることができる。
いくら犯人が慎重深い性格をしていて、動物並の勘の良さで私の張り込みから逃れていたとしても、防犯カメラに映ることは避けられないはずだ。
「でも、どうやって防犯カメラの映像を見るつもりなんですか? いくら事情があるとはいえ、学生に見せてくれるとは思いませんが……」
「うん、普通に頼んでも断られちゃうだろうね」
「ということは、もしかして……」
「正攻法でダメなら、ちょっとしたズルをしないといけないよね。桜なら、そのズルをやってのけることができるよね?」
私の侍女になるために、桜はありとあらゆることを叩きこまれてきた。その中に、コンピューター関係の知識も含まれている。
私では足元に及びもしないくらいの知識が、桜の頭の中に詰め込まれている。
「……つまり、防犯カメラの記録をハッキングしろ、と?」
「私の言いたいことをすぐに理解してくれて、桜は本当に優秀な侍女だね」
「褒めても葵をからかうことしかできないぞ」
「うん、それはお礼になっていないからね? っていうか、からかっているっていう自覚があったんだね?」
「当たり前だ。これで自覚がないとか言ったら、桜はアホでイヤな子だろう。そんなこともわからないと思っていたのか?」
「風祭くん、それはひどいですよ……」
「予想外の裏切り!?」
「謝るがいい、葵。この桜を見くびったことを、きちんと謝罪しろ」
「いつも思うんだけど、この侍女、礼儀を学び直してくれないかな……っていうか、そうやって話を逸らそうとしないの!」
まずい状況になると、話を逸らそうとするんだよね、この子は。
まあ、そうでなくても、直感と気分と不思議回路で生きているような子だから、突然、話が切り替わることもあるんだけど。
「……葵を犯罪に巻き込むことはできないぞ」
「ばれなければいいの。それに、現状をなんとかするには、この方法しかないと思わない?」
「人を増やして、24時間体制で監視するという方法もある」
「家の人を使うつもり? ダーメ。そんなことしたら、大事になっちゃうじゃない。私はなるべく穏便に済ませたいの。これ、主命令ね」
しばしの沈黙。
ややあって、桜は負けたというようにため息をこぼした。
「時々思うが、葵は桜よりも大胆不敵な性格をしているんじゃないか?」
「褒め言葉として受け取っておくね。それで、やってくれる?」
「……命令とあれば仕方ない。やる」
「ありがとう、桜」
「仕事の報酬は、スイスの銀行に振り込んでおいてくれ」
「あなたはどこのスナイパーよ……」
この子は、いちいちボケないと気が済まないのだろうか?
「これで、作戦が決まりましたね! 風祭くんの怨敵を、みんなで協力して消滅させましょう!」
「いや、そんなことしないから……」
「では、こっそりと始末を?」
「しないよ!? なんでいちいち発想が物騒なの!?」
「そこは、ほら……惹かれあう者同士、思考も似るといいますか……」
「さりげなく、カップルにしようとするのはやめようね?」
「あら、風祭くんなら気づかないと思ったんですが……」
「おっと、それは私が鈍いっていう意味かな? よーし、そのケンカ買った」
「私の恋心、特売中ですよ♪」
「話が通じない! もうやだ!」
……こんな騒がしい日常を取り戻すために、私たちは行動を開始した。
基本的に、毎日更新していきます。
気に入っていただけましたら、ブクマや評価などをどうぞよろしくお願いします!