16話 新しい手紙
橘さんに告白されて、一週間が経った。
慣れというものは恐ろしいもので、最初は橘さんの色々なアピールに毎回うろたえていた私だけど、今は大して驚かなくなっていた。突然抱きついてこられても、普通にしていられるくらいに慣れてしまった。
そんな私たちを見て、周囲の人たちは最初はリア充爆発しろ! とか言っていたけど……
最近は、みんな落ち着いてきたような気がする。
私たちを温かい目で見守るようになっていた。
とあるクラスメイト曰く、私と橘さんのファンクラブが合体して、私たちの仲を温かく見守ろうの会、が結成されたとかなんとか。そして、その会が統制を図っているおかげで、みんなは落ち着きを取り戻したとかなんとか。
まあ、詳細はよくわからないけど、そんな感じ。
なんだかんだで、それなりに落ち着いた日々が戻ってきた。
一件落着。
これで、静かな学生生活を送ることができる。
そう思っていたんだけど……
人生って、思い通りにいかないものなんだよね。
――――――――――
いつものように桜に振り回されて、いつものように橘さんに迫られて。
そんな日常が当たり前になりつつある中、それは起きた。
「あれ?」
放課後。
いつか見た光景を再現するように、下駄箱を開けると手紙が入っていた。
「あら、これは?」
「どうした、またラブレターか?」
一緒に帰る予定だった桜と橘さんが、それぞれ隣から私の下駄箱を覗いた。
「ラブレター……なのかな?」
手紙は剥き出しで、四つ折りにされた紙片が無造作に下駄箱に突っ込まれている。
これをラブレターと呼ぶのは、ちょっと乱暴なような?
「えっと……」
私は手紙を手に取り、なにげなく開いて見た。
『橘伊織と今すぐに別れろ。でないと不辛になる』
なに、これ……?
もしかして、不幸の手紙……って、あれ?
「ふから?」
「ふしん、と読むのかもしれませんよ」
「どちらにしろ、意味がわからないな」
桜の言うとおり、意味がわからない。
ふから、あるいは、ふしんの手紙ってどういうこと?
この手紙の差出人は、なにを言いたいんだろう? ある意味、恐怖を覚えた。
「内容はわからないけど、この手紙の差出人は二人の仲をよく思っていないらしい」
「今すぐ別れろ、なんて……ふふっ、面白いことが書いてありますね」
橘さんは笑みを浮べているけど、顔は笑っていない。
ちょっと……いや、かなり怖い。
橘さんを怒らせると、こんな風になるんだ……間違っても怒らせないようにしよう。
「葵、行くぞ」
「どこに?」
「この手紙の差出人を探しに。見つけ出して、制裁を加えないといけない」
「こらこら、あまり物騒なことを言わないの」
「私も、篠宮さんの意見に賛成です」
「橘さんまで……」
「私と風祭くんの愛を引き裂こうなんて、許せることではありません。二度とこんなことができないように、拷問……もとい、説得しないといけません……ふふっ、うふふふふふふふふふふっ」
「笑い声がジャック・ニコ○ソン顔負け!? それと今、拷問って言おうとしたよね!? ぜんぜんごまかせていないからね!? あと、私たちの間に愛はなくて……ああもうっ、ツッコミどころが多すぎる!」
「これは、私たちに対する挑戦状です!」
こちらの言葉を聞いていない様子で、橘さんは盛り上がっていた。
お願いだから私の話を聞いて。
「いいからっ、二人とも落ち着いて」
きょとん、と二人がこちらを見た。
「手紙のことは気になるけど、今はなにもしない。いい?」
「どうしてそんなことを言うんですか? この手紙を放っておいていいんですか? 内容はどうあれ、風祭くんに対する敵意があるんですよ」
「でも、ただのイタズラかもしれない」
「それは……」
「犯人が愉快犯だったら、私たちが騒げば騒ぐほど向こうの思うツボだよ。ここは、ひとまず落ち着いて冷静になって、しばらく様子を見た方がいいと思うな」
二人の顔は釈然としないものだったけど、反論の言葉はなかった。
「というわけで、この手紙に関する話はおしまい」
私は手紙を破いて、近くにあったゴミ箱に捨てた。
「……」
桜は仕方ないといった感じで納得したようだったけど、橘さんはそうではないのか、なんともいえない微妙な顔をしている。
「納得できない?」
「……いえ、風祭くんが問題ないと言うのなら、私はそれ以上なにも言うことはありません。ただ……」
橘さんは、きゅっと唇を噛んだ。
「見知らぬ誰かに風祭くんと別れろって言われて……それで、なんだか、風祭くんに対する想いまで否定されたような気分になってしまって……ちょっと、複雑な気分になってしまいました」
「橘さん……」
傷ついたように、悲しそうに目を伏せる橘さんは、なんだか雨に濡れた子猫みたいで放っておけなくて……
「……気にしない方がいいよ」
橘さんの頭をそっと撫でた。
「あ……」
「見知らぬ誰かの言葉を気にするなんて、橘さんらしくないよ。私は、いつも通り自分に自信を持って、明るい笑顔を浮かべている橘さんの方が好きだな」
「っ」
橘さんが赤くなって、くらっと揺れた。
「い、今……す、す、すすす……好き、って……」
「え?」
ふと、自分が大胆な発言をしたことに気づいた。
「いやっ、別に、今のはそういう意味じゃなくて、異性とかそういうのじゃなくて人間的に好きっていう意味だからね!?」
「はあああ……風祭くんが好きって、好きって……」
「お、落ち着いてってば!」
「はあああああ……」
「橘さん! 橘さんってば!」
思考がどこかにいってしまった橘さんに必死に呼びかけた。
そんな私を見て、桜がため息をこぼした。
「まったく、この二人は……」
やれやれと頭を振って。
それから、桜は小さな声でつぶやいた。
「……本当に、ただのイタズラならいいが」
不吉なことを言わないでほしい。
桜が言うと、なんだか本当にその通りになりそうで怖い。こういう時の桜の勘って、よく当たるから、なおさらだ。
果たして、桜の勘は正しいのか、間違っているのか。
それは、一週間後に証明されることになった。
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