14話 当ててるんですよ
「思い出、か……」
橘さんの言葉を聞く限り、私たちは以前にどこかで会っているみたいだ。
でも……わからない。記憶を検索してみるけど、思い出せなかった。昔、橘さんと会った記憶なんて……
いや、ちょっと待った。
脳裏になにか閃くものがあった。
白。
そう、あれは白い光景だ。
どこまでも白い光景が広がっていて、そこで女の子が……
「……っ……」
大事なことを思い出しかけたところで、頭がくらっとした。
まずい……本格的に湯あたりしそうになっている。
橘さんのことは気になるけど、今はこの状況をなんとかしないと。
「えっと……話は変わるけど、体も温まったからそろそろあがらない?」
「私はまだ寒いです……がちがちがち」
なんていうわざとらしい演技。大根役者もびっくりだ。
「風祭くん……私をぎゅうってして、温めてください」
「お湯、継ぎ足すね」
「いけずです……」
「42度くらいでいいかな?」
「そして、マイペースです……」
「それはともかく……私は先にあがるね。橘さんはタオルで体を隠して……」
「あっ、手が滑って、タオルが遠くにいってしまいました」
「な、なら、私のタオルを……」
「あっ、また手が滑ってしまいました。私ったら、なんていうことを」
ダメだ。橘さんは、どうあっても私を逃がさないつもりだ。
クモの糸に捕らわれたチョウって、こんな気持ちなのかな?
「あの……一つ、いい?」
「はい、なんでしょうか」
「橘さんは、どうしてここまでするの?」
二人でお風呂に入って、こんなに密着して、少しでも長く一緒にいようとして……
ちょっと……いや、かなり積極的だ。
なにが、ここまで橘さんを駆り立てるんだろう?
「風祭くんを男の子として矯正するため……そして、振り向いてもらうためですよ」
「だからといって、簡単に裸を見せるようなことをするなんて……」
「……簡単ではありません」
「ひゃあっ!?」
背中に触れる柔らかい感触。
こ、これは、もしかして、もしかしなくても……
「た、橘さん!?」
「ふふっ」
橘さんは、私の背中に抱きついている。
温かい橘さんの体……
すべすべの柔肌の感触……
そして、柔らかい二つの膨らみが直に当たって……
「な、ななな、なにをっ!?
「ねえ、風祭くん……私は、簡単に裸を見せるような女ではありませんよ?」
橘さんは私の首に細い腕を回して、耳元で甘くささやいた。
「本当はとても恥ずかしいんです……ほら、聞こえますか? 私の心臓の音」
どくんっ、どくんっ、どくんっ。
肌と肌が触れ合い、橘さんの胸の鼓動がわずかに聞こえてきた。
「こう見えても、すごく緊張しているんですよ。裸でいるからじゃありません。こうして、風祭くんと一緒にいるから……好きな人と一緒にいるから……だから、緊張しているんです」
「橘、さん……」
「こんなことをするのは、風祭くんだけです……他の人には、絶対に裸なんて見せませんから」
橘さんがささやく度に、ふわっと、吐息が耳に触れる。
なんともいえない感触に、ぞくぞくっとしたものを感じて、私は思わず息を飲んだ。
「風祭くんが望むなら、ちょっと怖くて恥ずかしいけど……このまま振り返ってもいいんですよ」
「それ、は……」
「風祭くんは、どうしたいですか?」
その声は、天使のささやきか。
それとも、悪魔のささやきか。
甘い声に誘われるように、私の意識は曖昧になっていく。
「橘、さん……」
得体の知れない衝動が体を熱くする
このまま熱い衝動に身を任せたい。
「風祭くん……」
歌うように綺麗な橘さんの声。
その声に誘われるように、私はゆっくりと……
「……きゅう」
ゆっくりと、意識を手放した。
「えっ、風祭くん? 風祭くん!?」
橘さんの声がどこか遠くに聞こえる中……
湯あたりした私は、ぶくぶくぶくと浴槽の中に沈んでいった。
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