13話 一緒に・・・
温かい。
雨に濡れた体が、芯からじわじわと温まっていくのがわかる。
ぽかぽかとした感じが心地よくて、思わずぼーっとしてしまう。このままずっとお風呂に入っていたい。
そう思う一方で、早く出て行きたいと思う。
なぜなら……
「んっ……さすがに、ちょっと狭いですね」
「そ、そうだね……」
背中に感じる人の温もり。
肌と肌が触れる柔らかい感触。
耳元で聞こえる声。
……私は橘さんと背中合わせでお風呂に入っていた。
「ねえ……一つ、質問いいかな?」
「はい、なんでしょうか?」
「どうして、私たちは一緒にお風呂に入っているの……?」
「交互にお風呂に入っていたら、待っている人が風邪を引いてしまうから、一緒に入ることになったんじゃないですか」
「そっか……そうだったね」
最初は橘さんに先にお風呂に入ってもらおうとしたんだけど、私が風邪を引いてしまうと言って納得してもらえなかった。なにを言っても、絶対に引いてくれなかった。
そこで、妥協案として、一緒にお風呂に入ることになった。
今更だけど、断っておけばよかったと思う。
「うっ」
軽く動いたら、肩と肩が触れた。
普段ならなんてことないんだけど、今は、なにも身につけていない……裸だ。そう思うと、どうしても意識してしまって……
「ふぅ……」
顔が熱くなってきた。頭の中がぐるぐるする。
ひょっとしたら、のぼせてしまったのかもしれない。
そろそろお風呂から出た方がいいかもしれない。体は温まったから、もう十分だ。
でも……
お風呂から出るには、浴槽から出ないといけないわけで。でも、そうすると橘さんの裸が見えてしまう。
私は女の子だ。だから、橘さんの裸を見ても気にする必要はない。
気にする必要はない、はずなのに……なぜか、気になってしまう。見たらいけない、そんな気持ちで心がいっぱいになってしまう。
そんなわけで……出たくても出ることができない、そんなジレンマに陥っていた。
「風祭くん」
「な、なに?」
「よかったら、背中を流しましょうか?」
「い、いいから! そんなことしなくていいから! っていうか、体を洗うつもりなんてないから!」
「それは残念です……風祭くんの体を、隅々まで洗いたかったのですが」
「す、隅々まで……?」
「ええ、隅々まで」
「……具体的に言うと?」
「聞きたいですか?」
「いいえ、やめておきます」
「あら、残念です」
本当に残念そうな声が聞こえてきた。
ふう、危ないところだった……私が拒否しなかったら、本当に実行するつもりだったのかな?
……橘さんのことだから、実行しただろうな。
「……」
「……」
会話が途切れて、沈黙が流れた。
なんとなく、居心地が悪い。
なにか話題は……
「……そういえば、さっきの話だけど」
「さっき?」
「その……私を好きになったきっかけ」
雨宿りをしていた時の話を持ち出してみた。
こんな時になんだけど、中途半端に話を聞いたせいでずっと気になっていた。
「結局、さっきは最後まで聞けなかったから、続きが気になって」
「それは……」
「十年前ってどういうこと? もしかして……私たち、前に会ったことがある?」
橘さんの言葉を正面から捉えると、そういうことになる。
でも、私は橘さんに会ったことがない。いや、正確に言うと、会った記憶がない。
会ったことがないのか、それとも忘れているだけなのか。どっちなんだろう?
「……はい。私たちは、前に出会ったことがありますよ」
「そう、なんだ……それは十年前? どこで?」
「詳細は秘密です。そこは、思い出してほしいので」
橘さんは、今、どんな顔をしているんだろう?
なぜか、そんなことが気になった。
「十年前……私は、風祭くんにとても大切なものをもらいました」
「大切なもの?」
「はい。とても大事な……思い出をもらいました。その思い出があるから、私は私でいることができました。」
「橘さんが、橘さんでいられた……」
「あの時、風祭くんに出会っていなかったら、今の私はいなかったと思っています。だから、私は風祭くんのことが……」
好きなんです。
そう言って、橘さんは言葉を締めくくった。
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