12話 どうして?
「……ねえ、寄り道の前に、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
好き、と言われて、とある疑問が湧き上がってきた。
「はい、なんですか?」
「その……昨日と同じ質問になるんだけど、橘さんはどうして私のことを好きになったの?」
あれから、橘さんについて考えてみた。でも、考えれば考えるほど、好きって言われる理由がわからない。
橘さんが転校してきて一ヶ月。
その間、私たちはまったく接点がなかった。クラスメイトだから挨拶くらいはするけど、それだけ。昨日告白されるまで、ろくに話したことがない。
それなのに、いきなり告白されるなんて……
橘さんはなにを考えて、なにを思い、私に告白したんだろう?
「昨日の答えでは満足できませんか?」
「えっと……正直に言うと、なんで私? っていう気持ちがあるんだ。あまり話したことないし、橘さんのことを知らないし……だから、なにか理由というか好きになるきっかけというか、そういうものがあるなら、それを聞かせてくれたら納得できるっていうか……」
「好きになるきっかけ、ですか」
「あったら、教えてほしいな。まあ、私が納得したいだけというか、モヤモヤしたものを取り払いたいだけというか……ある意味、自己満足的なものだから、無理にとは言わないけどさ」
「それは……」
珍しく、橘さんは迷うような顔をした。
いつもぐいぐい押してきただけに、こういう反応は珍しい。
わずかに視線を逸らして、そのままじっと虚空を見つめて……
「……きっかけなら、ありますよ」
やがて、迷いを振り切るように、橘さんは私をまっすぐに見つめた。
「風祭くんは……覚えていませんか?」
「え?」
「あの、十年前の雪の日……あの時から、私はずっと……」
なにかを求めるような、すがるような……そんな橘さんの瞳に、私は奇妙な違和感を覚えた。
なんだろう、この感覚は……
例えるなら……そう、既視感。
以前にも、この瞳を見たような気がする。
それは、いつ?
どこで?
どういう状況で?
そう……あれは、確か……
「……?」
思考を遮るように、頬に冷たい感触が当たった。
空を見上げると、灰色の雲。
ほどなくして、ぽつぽつと雨が降りはじめて……
「ひゃあっ!?」
「きゃっ!」
雨はすぐに土砂降りになった。
私たちは慌てて、近くの飲食店の軒下に避難した。
「雨、降ってきたね……」
「そうですね……」
とてもじゃないけれど、話を続ける雰囲気じゃなくなってしまった。
橘さんの反応は気になるけど……仕方ない、今は諦めよう。
この話は終わりというように、私はちょっとわざとらしくため息をこぼした。
「はあ……こんなところで雨に降られるなんてついてないね」
「そうですね、下着まで濡れてしまいました……気になりますか?」
「なりません!」
「え?」
「なんで驚くの!?」
「橘くんなら、喜んで飛びついてくるものだと……」
「よーし。私に対する認識について、今からじっくりと話し合おうか。私、がんばっちゃうよ」
「それはともかく、すっかり濡れてしまいましたね」
雨はものすごい勢いで、私たちは一瞬で濡れネズミになってしまった。濡れた制服が肌に張り付いて気持ち悪い。
「くしゅっ!」
ぶるっと寒気が走ると同時に、くしゃみが出た。
「大丈夫ですか?」
「うん、これくらい……くしゅっ!」
大丈夫と言おうとしたところで、またくしゃみが出た。
うー……やっぱり、ちょっと寒い。
「私の家に行きましょう」
「え?」
「私の家はこの近くですから。このままだと、風邪を引いてしまいます」
「でも……」
橘さんの家に行ったら、大変なことになるのでは?
具体的には、貞操の危機とか……
一瞬、そんなことを思ったけれど。
「早く行きましょう、本当に風邪を引いてしまいますよ」
橘さんは純粋に私の心配をしていた。
……私はバカだ。
ちょっと反省。
「うん。それじゃあ、お邪魔させてもらおうかな」
「はい、行きましょう」
私たちは飲食店の軒下から飛び出して、雨の中を一緒に駆けた。
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