10話 真剣だから
後ろの方から、逃げたぞ! 追え追え! ……とか、愛の逃避行よ! ……とか、色々と聞こえてきたような気がするけど、無視。
あちこち走り回って……
階段の踊り場まで来たところで、足を止めた。
「はあ、はあ、はあ……」
「朝からこんな人気のないところに連れてくるなんて……風祭くんって、意外と大胆なんですね。でも、大丈夫ですよ。私はいつでもどこでも、応えることができますから」
「何か変なこと考えてない!?」
「変なことなんて、そんなことはありません……ぽっ」
「絶対に考えてる顔だ! ヒロインにあるまじき顔をしているよ!?」
「風祭くんが望むなら、どれだけアブノーマルなことでも……やだっ、もう、エッチですよ」
「橘さんの思考がアブノーマルだよ!?」
走った上にツッコミを続けて、私は息切れを起こした。
「うん、ちょっと落ち着こうか」
「私は至って冷静ですが」
「橘さんは、一度、辞書で冷静をの意味を調べてみるといいよ。たぶん、びっくりするから」
「あら、それは楽しみですね」
「皮肉が通じない!?」
「先ほどから、大きな声を出していますが、どうかしたのですか? ストレスでも?」
「今まさに、すごいストレスだよ!」
反射的に、さらにツッコミを入れてしまう。
つ、疲れた……
どうして、私の周りは、ツッコミを入れずにいられない人ばかり集まるんだろう……?
「類は友を呼ぶ、という言葉をご存知ですか?」
「自分で言わないでくれるかな!? あと、ナチュラルに人の心を読まないで!?」
「風祭くんは考えていることが顔に出やすいので、わかりやすいです」
私って、そんなにわかりやすいのかな?
自分の顔をぺたぺたと触ってみるけど、よくわからない。
「それで、こんなところに来てどうするんですか? 風祭くんがそういうことを本当に望んでいるのなら、私は……」
「だから違うってば。っていうか、橘さんは女の子なんだから、そういうことは軽々しく口にしたらいけないよ」
「軽々しく言っているわけではありませんよ」
そう言う橘さんは、真剣な顔をしていた。
「風祭くんだから、こういうことが言えるんです。他の人には絶対に言いません。風祭くんだけですからね?」
「そ、そうなんだ」
ストレートに想いをぶつけられて、ちょっと照れた。
こういうところは橘さんの美点だと思う。
「とにかく、ここに来たのはそういうことをするわけじゃなくて、ただ単に避難しただけだから」
「教室はすごい騒ぎになってしまいましたからね」
「他人ごとのように言わないで……騒ぎの原因は、橘さんのせいなんだから」
「あら、そうなんですか? まったく心当たりがないのですが、どういうことでしょう」
「本当に心当たりがないとしたら、橘さんは記憶喪失の疑いがあるね」
「冗談です。きちんと覚えていますよ。みんなの前で、私と風祭くんが愛を誓い合ったことを」
「記憶喪失どころか、記憶の改ざんをしていた!?」
「私は、そのようなことはしていませんよ? 風祭くんが間違っているのでは? 自分の記憶は正しいと、胸を張って言えますか?」
「そ、そう言われると自信が……って、そんなことないからね!? 胸を張って言えるからね!?」
「うーん、ノリツッコミをしてくれたのはうれしいですが、いまいちノリきれていなかったので、5点ですね」
「厳しい!」
「ちなみに、100点満点なので」
「とんでもなく厳しかった!?」
うーん、なんていうか……
橘さんって、少し前まで、おしとやかでちょっと内気な女の子っていうイメージを抱いていたんだけど……
そのイメージは、ガラガラと崩れてしまった。
一見、おしとやかそうに見えるけど、その内面はかなりアグレッシブで、なおかつ周囲を混乱に巻き込むトラブルメーカーだ。ある意味、桜と似ている。
「お願いだから、これ以上変なことを言って、クラスのみんなを煽らないでほしいんだけど……」
「変なこと、ですか?」
「その……みんなの前で、告白のことをしゃべったでしょう」
「私は変なことだとは思いません」
自らの発言に誇りを持つように、橘さんはきっぱりと言い切った。
「私は風祭くんに対する想いを語っただけです。想いを語ること……それは、変なことなのでしょうか?」
「それは……」
「結果的に、みんなを驚かせることになってしまいましたが……それでも、私は自分の想いを隠すつもりはありません」
「それはどうして?」
「風祭くんが好きですから」
「……」
「あなたのことが好きだから……そして、その想いは正しいものだと信じているから、私は隠すようなことはしません。常に、まっすぐに、風祭くんに想いをぶつけていくだけです」
目と目が合った。
橘さんの瞳は宝石みたいに綺麗で、見ていると、なんだか吸い込まれてしまいそうだった。
「橘さん……」
体が……心が熱い。
得体の知れない衝動が体を駆け巡る。
でも、それがいったいなんなのか、今の私にはわからない。正体不明の感情を持て余すように、私は手を握ったり開いたりして……
キーンコーンカーンコーン……
「あ……」
意味のない行動を繰り返しているうちに、予鈴が鳴り響いた。
「そろそろ教室に戻らないと、遅刻になってしまいますね」
「……うん、そうだね。行こうか」
気がついたら、わけのわからない感情は消えていた。
なんともいえない感覚を胸に抱きながら、橘さんと一緒に教室に戻った。
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