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『シュール』

作者: 花花 菜

 





「牧くん……」


 若い女性だと思われる優しい声音は一体誰に向けたものだろう。確かに僕の名前には牧という文字が入っている。だけど僕が振り返って反応する必要はない。理由は至って簡単。地味で陰気臭い僕には友達がいないからだ。況してやここは学校でもない駅のホーム。期待するのはお門違いだろう。


「大志くん」


 僕は偶然という言葉を知っている。だから僕以外にも同じ名前の人は少なからず存在する。自分だけが特別なんて思ったら大間違い。自意識過剰も良いところだ。


「わ、私と付き合って下さい」


 良かった。僕の計算は間違っていなかった。もし仮に振り返っていたら愛の告白に水を差してしまっていたかもしれない。僕は胸を撫で下ろし安堵した。逆に、声の主は緊張で堪らないに違いないだろう。僕は人の心を読むことは出来ないけど、告白する時の感情を想像するくらいなら容易に出来る。


 しかし、暫くしても告白を受けた相手の返答は聞こえなかった。


 驚愕のあまり言葉に詰まってしまったのか。それとも既に抱擁でもし合っていて一件落着しているのか。あるいは、フラれてしまったのか。


 僕の脳裏に様々な見解が過ぎった。しかし結局のところは他人事。僕には関係ないしどうだって良いこと。いや、むしろ、赤の他人に対して勝手な想像をしてしまったことを謝罪するべきなのか。軽率な推測をしたことに反省していると再び女性の声がした。


「私と付き合って下さい」


 今度の女性の声は駅のホームによく響いた。

人は何故、非日常的な出来事にこんなにも敏感に反応するのか。ある人は憐れんだ様子で、またある人は嘲笑の眼差しを向けてこちらを傍観している。所詮は他人事で僕達が介入する余地はないのだから放っておいてあげれば良い。これじゃあ公開処刑も良いところだ。僕は野次馬達の視線から逃れるべく他の停車位置まで歩みを進めた。逃げ去る様なその足取りは決して重くなく、むしろ軽快とも言えた。きっと僕の侮蔑的思考が正に体現された瞬間だったと言える。


 しかし、僕は直ぐに足を止めた。否、止められた。


「私と付き合って下さい!」


 女性は僕の目の前にいきなり現れ、僕の手を握りそう叫んだ。


 僕は何が起きたのかが分からず女性の顔を見ることは出来なかった。ただ心臓の鼓動だけが速まっていった。


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