タキオンの孤独 18
夕食後の小井戸家にベルの音が響いた。
私は無理ですよ。食器を洗う手を止めないままアーネットは振り返り、アイコンタクトを送る。
それを受けて、ソファでくつろいでいた二人は同時に相手を見た。家主なんだから――お前、奉仕科だろう――。互いに譲る気がないと悟る。
二人の主張のぶつかり合いは、最も平和的な決闘方法で決着をつける運びとなった。
「早くしてください。お客様に失礼ですよ――」
じゃん、けん、という掛け声を聞いてアーネットはやれやれと頭を振った。
「はい、どちらさんで――」
小井戸が玄関のドアを開けると、黒いフリルのついたドレスを着た少女が立っていた。
「ローズ? どうしたの」
ローズウッドはボーっとしたような表情でとんでもないことを言った。
「バスが捕まった。コイドに助けてもらえって――だから来た」
「捕まった――? だれに」
信じられない。といった表情で問う。
その質問に答えたのは、コイドにとって聞きなれた男の声だった。
「バスウッド=カーペンターの身柄は自治会が拘束した。その娘も奴の関係者として連れていく」
小井戸がドアから顔を出して確認する。廊下の向こうに立っている鮮やかな金髪の少年、エイモスだ。
小井戸はローズウッドを家に招き入れ、自分だけ外に出てドアを閉めた。暗い廊下――二人の少年が向かい合う。
「バスウッドを拘束ってどういうこと」
「どうもこうもないだろ。奴は兵器で脅しをかけてきた。そんな奴をいつまでもルドラカンドに置いておけん」
「だからって、そんな強引に――」
何の感情もなく佇んでいるように見えたエイモスが首を傾げる。
「お前――バスウッドの肩を持つのか」
「そういうわけじゃないけど……」
小井戸は言葉を濁す。煮え切らない様子。
「奴と何かあったんだな」
その態度から事情があるらしいことを確信したエイモスは早足で歩きだす。小井戸とすれ違うタイミングで「悪いが入るぞ」と呟き、容赦なく小井戸の家のドアを開け、中に入って行った。
「――?」
しかし、リビングには誰もおらず、玄関と向かい側にある窓が開いていた。
逃がされた――何故そんなことになるのか、エイモスには理由が分からず困惑する。が、すぐさま頭を切り替える。
追えば間に合うだろう。今は考えている場合じゃない。そう心をきめ、踵を返し同時に走りだす――が、いつの間にかすぐ背後に小井戸が立っていて、足を止める。
「ごめんね、エイモスくん……」
酷く悲しげな顔だった。握手を求めるような仕草で小井戸が右手を差し出す。何がしたいんだ――とエイモスが面くらっていると、彼の頭の中に声が響いた。
『距離をとれ、バカ者!』
*
バスウッド=カーペンターは始終無言のままだった。私としては仕事が減って助かるのだが、しかし、無抵抗な人間に剣を突き付け歩かせるというのは気持ちのいい行いではない。幸い深夜であり、人通りの少ない道をとれたので誰にも出くわすことはなかったが、秘密任務とはいえリード会長にはもう少し考えて指令を出してほしいものだ。
――そんなことを考えている時だった。
風を着る鋭利な音――どうやら狙いは私の剣に定められているようだ。鈍い光が視界の隅にちらつき、次の瞬間、目の前の地面が爆発した。
飛び退くことを余儀なくされ、結果的にバスウッドと距離をとらされてしまった。
突如として飛来し、地面に突き刺さったその飴色の円盤には見覚えがあった。それは盾のようで、斧のようで、またハンマーのようでもある。ハニータルトという名前だったはずだ。持主である少女は少し遅れて現れた。
「アーネットさん……」
どこかの屋根の上から飛び降りてきた黒髪の少女は、地面にめり込んだ巨大な武器を軽々片手で持ち上げ、肩に担いだ。そして、その鋭い瞳が私に向けられる。動いたら――という目だ。迂闊な行動はとれない。
「バスウッドくん、急いで!」
相も変わらず軽薄な様子でへたり込んでいたバスウッドを建物の陰から飛び出してきたメシアが起こし、手をとると走り出した。姿が見えなくなる寸前、メシアが私を見ているように感じた。どんな意味があったかは分からない。何はともあれ、どうやら私は連行対象を奪われたらしかった。
「どういうつもりですか」
答えるとは思えなかった。が、聞かない訳にはいくまい。彼女は淡々とした口調で、
「バスウッドさんを追うのをやめてください」
とだけ言った。
やはりか――と思う。言葉が意味を成すならば、先手を打って力を行使する意味がない。アーネットは覚悟を決めたのだ――というより、彼女は常日頃から意思を固めている節があった。今回、私がその妨げとなったので対峙する形になった、ということだろう。
目的を成し遂げたいのなら障害を排除しなければならない。互いにそういう状況なのだ。私は彼女を親しく思っているし、あるいは向こうも同じかもしれない。しかし、今、この場ではそんな私情など何の価値もない。私たちは目的を持ち、それを全うすることでしか生きる価値を見いだせないのだから。
体の前で緩く剣を構える。
「まいります――」
猶予はない。




