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タキオンの孤独 17



 簡素な地下牢――そこは学園の地下であり、罪人を長期間閉じ込めておくことは想定していない。長く使われていなかったため、手入れが行き届いておらず、カビと埃の酷い匂いが満ちていた。


「やあ、こんにちは。影絵召喚術師ピート=ウォッチャーウィル――会えて光栄です」


 慇懃無礼だが、不思議と嫌みがない態度だった。

 奥の壁に体を預け地面に座っていた老紳士風の男が、牢屋の前に現れた二人の男子学生に視線を向ける。


「リード=ティラムントか――こちらこそ光栄ですよ、不動の騎士」


 ピートと呼ばれた男は余裕をもったトーンで言い、それからリードの隣に立つエイモスに視線を流した。タイムカプセルから出てきた思い出の品を見つめるような、憂いと痛みを伴った視線――しかし、なにも言わずリードに視線を戻す。


「それで、私はどうなるのかな。この通り歳でね、牢屋の中は少々辛い――煮るなり焼くなり好きにしてもらって構わんが、早くしてほしいものだ」


 リードはぼんやりとした口調で、詰問を始める。


「あなたの処分については後だ。悪いとは思うがね。それより今は、こちらとしても立て込んだ事情があってね、ずばり言おう――バスウッド=カーペンターについて話を聞きたい」

「いいだろう」

「素直ですね」

「突っ張る意地も折れてしまった――そこの青年のおかげだ。すっきりした気分だよ」


 リードがエイモスの横顔に視線を移す。しかし、何の反応もないので、ほんの僅かに鼻白んだ表情で視線を戻す。


「では聞かせてください。まず、バスウッドの人物像について、印象で構いません」

「負けず嫌い、行動的、利己主義者――短い期間だったが、同じ研究室に居て私が奴から受けた印象はそんなところだ。要するに、子供だった。常に道化の仮面を被った軽薄男を装っているが、その実、常に闘争心を燃やしていて、自分より優れた人間が居れば徹底的に戦う。研究者というのは皆どこかしらそういうところがあるのかもしれん。私にしてもそうだ。しかし、奴の闘争心は狂気のさらに向こうを行っていたのだろう――」

「自分の妻と部下を殺した事件」

「そうだ。もっとも、私はその現場に居たわけではないがね。風の噂に聞いたとき驚きはしなかった。さぞ優秀な部下だったのだろう――彼にとって邪魔ものでしかなかったはずだ。といって、奴とは雲泥の差があった。狂ってるよ、まったく」

「なるほど――」


 リードは顎に手を当てて、しばし考える。彼はここ数日、マローダとメイカ相手に言論大会を開催していた。二人にしつこいほど問い続けたのが『バスウッドが起こした殺人の動機』であった。

 有益な情報を得られたのか、彼の表情からは読み取れないが、思うところはあるようだった。

 数秒置いて、問いを再開する。


「バスウッドの目的はなんですか。本人はとあるアイテムを手に入れるためこの町にやってきたと言っていたのですが、何か思うことはありますか?」


「奴がそう言ったのならそうなんだろう。そんなことを聞いてよこすということは、そのアイテムというのが手元にない――もしくは、君たち自身どんなものか分からないのだろう」

「まさしく後者です」

「それは災難だな。気をつけたまえ、奴が欲しがるということは値がつかぬほどの価値があるということだ――自分自身で生み出せない、手に入れるという工程が必要になる。奴は屈辱を感じているだろう」

「苛立っていると?」

「だろうな」

「しかし、バスウッドは現在アイスクリーム屋を始めました」

「アイス……?」

「ええ、大人気です」


 ピートは押し黙った。深い皺の刻まれた顔に戸惑いが浮かんでいる。

 すかさずリードが問う。


「意外ですか」

「意外ではある。しかし、それ以上に恐ろしく思う」

「なぜです」

「奴は意味の無いことをしない。のっぴきならない事情があってアイスクリーム屋になったのだろう。私はその事情に皆目見当もつかない。それが恐ろしい」

「アイテムを手に入れるための複線になっているとか」

「あるいは」


 ずっと口をつぐんでいたエイモスだったが、心の中でひそかに会話をしていた。相手は、彼以外に認識できず、その声も彼にしか聞こえない。


『どう思うヘヴン』

『そんなこと分かるわけ無かろう。そもそも考える必要などない。お前は奴を倒せばいい。それだけの力を持っているのだからな』

『ヘヴンが言っていた“ヤツ”ってのは、そのバスウッドって男なのか。世界の仕組みを変えてしまうほどの力を持った敵――』

『正しくは、変化を根源的に軽視する強大な力を持った人間だ。早いところ始末しなければ大変なことになる。であるからして、今すぐにでも殺しに行け』

『そう急くなって。会長にも考えがあるはずだ――俺は平会員。従うしかあるまい』

『まったく、人間というのは――』

『――お前が自由すぎるんだ』


 頭の中に響くしわがれた声と言い争っていると、唐突に肩を揺すられハッと我に返る。リードにジッと見られていた。


「なんですか」

「エイモスくん、君は少し――いや、随分変わったみたいだ。なにかあったのかい」


 だしぬけに聞かれ、エイモスは戸惑う。


「そんなことない……と思いますが」

「そうかね? まあいい――では、今言ったとおりに頼むよ。事情を知ってしまった君にも同行してもらう」

「すみません――なんでしたっけ」


 リードは後ろで手を組んで歩きだした。ピートとの話はすんだようだった。エイモスは急いで後を追う。


「まったく、気が抜けているぞ――バスウッド=カーペンターを町から追い出す。方法は実力行使。僕とロカくんエイモスくん、それとピート氏にも参加してもらう――そう言ったんだ」


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