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タキオンの孤独 16


 何もかも壊れてしまえばいい――召喚術師の采配は自暴自棄そのものだった。正面に火球を打ち込んでも効果がないと分かれば、なりふり構わず照準をずらし、周囲の建物を巻き込む絨毯爆撃に切り替える。レターを追い詰めていた時の気品やインテリジェンスはすっかり影を潜め、血走った眼でエイモスを睨んでいる。

 対するエイモスは凪いだ水面のように平坦な瞳で、それを見つめ返す。上空のドラゴンが火球を吐き出すたび、彼はほんの僅かずつ手を動かす。すると、火球は虚空の彼方に吸い込まれるように消失し、一つとしてその威力を発揮することはなかった。

 攻防という概念が存在しているかすら怪しい、奇妙な戦い。やがて決着の時がやってくる。

 数十発の火球を吐き続けた召喚獣“影絵の竜(パフ)”。その夜空を覆い隠す巨大な翼が、末端の方から徐々に薄く透き通り始めた。その変化は繰り出した火球の数に比例しているようだった。

本来であれば、そんな現象は起こりえない。濃密な魔力である“影”自身が魔力収集機関の役割を果たし、空気中から効率的に魔力を収拾するため半永久的に活動することが可能なのである。

 そんな半永久機関に破綻が生じた理由は明白――容赦ない魔力使用により、供給が追い付かないためであった。

 召喚術師は、なおも構わず攻撃を続ける。ドラゴンの透明化は刻一刻と進行して行く。ペース配分を無視した戦い方では、魔法攻撃を控えている時でも十二分に戦えるという構想の巨大で攻撃的な竜の形状もまるで意味を成さない。

――やがて、完全に両翼を失った竜は無音の慟哭を轟かせるように空を仰ぎ、墜落。クリームがコーヒーに混じり合うように闇と同化し、消えた……。


「――もう大丈夫みたいだ」


 姿勢を低くし蹲っていたノームとメイド。その上から覆いかぶさり、身を盾にしていたレターが立ち上がり、背後を見やる。そこに、危険は感じられなかった。ドラゴンの放っていた強烈な危険どころか、召喚術師の持つ粘着質な危険すら無くなっている。

(魔力を使い果たしたのか――?)

 膝をつき両手をだらりと下げる召喚術師を見て、レターはそんな印象を持った。彼は続いて、レターに視線を向ける。あれだけの攻撃を凌ぎ続けたというのに、彼の方は汗一つ掻いていない。


『終わったのか』

『ヤツの自爆だ。訳は知らんが妙に取り乱しておったな』

『事情は後で聞くさ』


 エイモスはゆっくり歩き出す。首を垂れ沈黙する召喚術師の前に立ち、


「あんたは罪を犯した。自治会の権限を持って拘束する」


 事務的に述べる。召喚術師は彼の方を見ずに、隙間風のような声で呟いた。


「私は、また――――うらやましい限りだ。それだけの力があれば――お前は全てを手に入れるのだろうな」


 また訳の分らんことを――エイモスは嘆息しつつ、つまらない話を思い出していた。


「ある日突然猫になっちまったライオンが居るとする。路地裏でケチな生活を余儀なくされるわけだが、しかし、そいつの好物は依然としてシマウマなんだよ。猫になったからって魚を食ったりしねーのさ」


 俺は何を言ってんだろうな、と自分に鼻白みつつ何となく空を見上げる。そこでようやくエイモスは気づいた。今夜は月が出ている、と――。



 *



「ホントに見たんだって。あれはドラゴンだったよ、真っ黒の!」

「そんなのが町中に居たら騒ぎになるはずです。見間違いでしょう」

「――アーネちゃんはドンカンだから気づかなかったんだよ」

「誰がですか……」

「もういいもん。先にシャワー浴びちゃうからね――あ、コイドただいま」


 帰ってくるなり騒がしい……。さすがにだらしないと思い、ソファから体を起こす。すると、風呂場の方に走って行ったちっこいのの後ろ姿に「まったく……」とひとりごちるアーネが目に入った。姉と妹――いや母と娘だ。実際は同級生だけど。

 アーネはこちらに向き直り、一つ咳払いをした。


「ただいま帰りました」

「ああ、お帰り」


 彼女の頬は桃色に染まっていた。そして、珍しくパンツルック。あれ――?


「って、どこ行ってたんだっけ?」


 俺の問いは彼女の眉間にしわを寄せる効果があったようだ。


「アイスクリームを食べすぎたので軽く走ってきたんです。出る前にも説明したじゃないですか」

「――ああ、そうだっけ」

「恥ずかしいんですから何度も言わせないでください――ところで、コイド様は怠けていていいんですか。あれだけ食べたんです。太りますよお……」


 自分で言って身震いしている。

 しかし、まあ、そうかも知れない。なんせ、三人で三十種類のアイスクリームを食べきったのだ。未だに口の中が甘い気がする。お礼だからと言って調子に乗って食べすぎた気がしないでもない。でも、明日また食べられるなら平気で食べるだろう。バスウッドの作ったアイスクリームはそれほど美味しかった。

 ぼんやりとチョコミントのエキセントリックな味を思い出していると、アーネの熱い視線を感じた。


「どうかした?」

「それはこちらのセリフです。何やら今日のコイド様は上の空です――私たちが店のお手伝いをした後から、様子が変でした。違いますか?」

「そうかな――」


 甘ったるいミントの味はたちまちどこかへ消えてしまった。口の中にビターのチョコチップだけが残ってしまったような気分だ。

――少女に招かれてお邪魔した部屋の中、ちょっとした命の危険を体験した後、バスウッドが顔を出した。やあ、いらっしゃい――笑顔でそういったかと思えば――ちょうどよかった、お嬢さんたちこっちへ――二人は了見を疑う間もなく連れて行かれた。後から聞いたところ、店の手伝いをしたそうだ。男性客が異様に増えたと、バスウッドは喜んでいた。

 それはともかく、部屋には俺とローズウッドの二人きりになった。人形のような少女と二人きり――気まずい思いをするに違いないと身構えたが、意外にも彼女は良く喋った。


「彼女と何かあったのですか?」


 その疑問はもっともだった。上の空か――気を使っていたつもりなのだが、やはり向いてないんだろうな。

 何となく――話したくない気分だった。はぐらかす訳じゃないが、質問を被せることでお茶を濁す。


「もし俺が悪人になったとして――アーネは俺を見捨てるかい」


 上気した頬が徐々に収まりつつあるように見えた。いつも冷静な彼女は僅かにたじろぐ。しかし、すぐに冷静を取り戻したようで、確かな口調で言った。


「コイド様は純粋な悪人にはなれません。ずっと一緒に居た私には分かります――なので、なにがあっても見捨てることはありませんよ」


 純粋な――という言葉をくっつけた意味はよく分からなかった。

 でも、少し心が軽くなった気がした。


 


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