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タキオンの孤独 12

 敵の目的はレターを殺すことじゃない。少なくとも今すぐに殺す気はないはずだ。でなければレター相手に魔法なんか使わない。ナイフでも銃でも簡単に殺すことができるのだから。


「それに、奴は収集機関を仕掛けた。目立たないように力を蓄えたいはずだ――目撃者の俺を最優先で消しに来る」


 背の高い木に囲まれた広場に辿り着いた。こんな場所に散歩に来るやつはいないだろう。猫は、どこか苛立たしげに耳の後ろを撫でている。


「お前の考えは正しいかもしれん。しかし、問題の先延ばしでしかないだろう。影たちとどう戦うのだ。お前自身が生き残る策はあるのか」

「突進攻撃を全て避ける。そうすれば、兎は勝手に自爆して俺の勝ちということになる」

「冗談を言っておる場合か」


 わりと本気なんだが。

 しかし、新しい作戦を考えている暇はない。広場の入口の方に小さな影が音もなく這い寄ってくる。猫が尻尾を立て兎たちを威嚇する。それを意にも介さず兎たちは包囲網を形成する。逃げ場はない。戦わなければ。

 石を一つ拾って兎に投げつける。奴らは身じろぎ一つしない。石は兎の体を貫通しコロコロと群れを通過して行った。やはりダメか、物理的な攻撃は通用しない。


「何をやっておる。来るぞ」


 猫が言うのとほとんど同じタイミングで一羽の兎が俺の顔めがけて飛び込んできた。今度は反応することができた。体を屈め、余裕を持って回避する。兎は俺の頭上を通過して行く――が、そこで、


――パウンッ――


 背中にとてつもない衝撃。堪らず、つんのめるように弾き飛ばされる。


「つっ――!」


 間髪置かず、今度は二羽の兎が俺の上に飛来する。起き上がっている余裕はない――落ち葉を巻き込むように体を回転させる。

 さっきまで俺が居た場所に二羽の兎が同時に着地、まるで地雷でも炸裂したかのような派手な土埃が上がる。

 爆煙が晴れたところで、どうやらうまく攻撃をかわしたらしい猫が語りかけてくる。


「三羽でその様ではないか。まだ全て避けるなどとバカなことを考えておるのか」


 もちろんだ――と言ってやりたい。しかし、土まみれで傷だらけで、おまけに吹き飛ばされたとき関節がいくつかバカになっている、こんな状態で虚勢を張る気にはなれなかった。もはや逃げることはできない、大声を出したところでこんな場所じゃ誰にも届かない。手詰まりだ。

 兎の群れはじりじりと距離を詰めてくる。次に飛んできた兎を俺は避けることができないだろう。


「お前は逃げろ。追いかけてくるかも知れんが、その足なら逃げきることができるだろ――リード会長に事情を話してくれ。あの人ならきっとレターを守ってくれる」

「お前はどうするのだ」

「俺は大丈夫だ。さあ、行ってくれ」


 猫は何も答えなかった。

 念を押す暇はなかった。終わりの時がやってくる。何の前触れもなく一羽の兎が無音の疾走を始め、地面を蹴る――俺の顔めがけてまっすぐに飛び込んでくる。

 目を閉じる。体は動かない。


――パウンッ――


 体が宙を舞う不愉快な感覚。数秒宙を舞い、地面を転がされ、堅い感触に打ちつけられようやく静止する。体中火がついたように痛い。特に右腕が今まで感じたことないような鈍い痛みを持っている。骨が折れているのだろう。

 しばらく痛みともんどりうって対決し、そして、気づく。

(生きている……)

 ほっとするより先に疑問と恐れが襲ってきた。

 目を開ける――相当な距離を吹き飛ばされたらしい、兎の群れが遠い。背後の木に体を預け、何とか起き上がる。周囲を見回す。そして、それを見つける……。


「ウソだろ、おい――――」


 言うことを聞かない体を出鱈目に動かして地面を這う。

 “それ”は、すでに原形を留めていなかった。


「おい、おい……」


 うまく言葉が出ない。

 判別できる部位は頭と尻尾だけ――綺麗に食べた魚のようになってしまっていた。

 冷たい地面を掻いていた掌に柔らかくて温かい感触が触る。それは、さっきまであいつの生命を成立させるために動いていたどこかの器官だ――。


――その猫は死んでしまった。


 そういや、名前すら知らなかったんだな。

 そこで俺の意識はフェードアウトした……。



 *



「あら、いらっしゃいませノーム様」


 夜分訪れた来訪者を見て、パーケイト家の使用人は顔をパッと輝かせた。

 白いシャツに鳶色のロングスカートと、少々地味な服装ではあるが、彼女は名の通った貴族の娘である。形容しがたい気品を纏う、大人びた容姿の少女だ。


「こんばんは、おばさん。レターいます? ちょっと課題のことで相談があって」


 使用人は笑顔で二回頷いて、


「いらっしゃいますよ。わざわざ訪ねて来ずとも、いっその事お二人で同居なされたらいいのに」

「な、なにを――」


 ノームの頬がピンク色に染まる。見た目に反して少女らしい反応だ。


「お二人は付き合ってらっしゃるんでしょう」

「れ、レターが言ったんですか?」

「見てりゃ分かります」


 そんなに分かりやすいんだろうか――ノームは愕然とした。幼馴染である二人が互いに素直になり、長年の恋慕を告白しあったのは吸血鬼事件が終わった直後である。それ以来、恋人関係になったわけだが“まだ自分たちは一人前じゃない“という生真面目さから、ささやかな交際を続けてきた。少なくとも本人たちはそのつもりだったので、面と向かって付き合っていることを指摘されて狼狽してしまったのだ。

 使用人は両手で頬を隠すノームに手招きをする。


「ささ、上がってください。そういえば、さっきから二階が騒がしいんです。まったく、坊ちゃまったら幾つになっても子供で、ノーム様からも注意してやってください」

「はあ――お邪魔します」


 何やってるんだろう――そんな些細な疑問を抱きつつ、ノームは玄関のドアを閉める。その頭上、レターの部屋で、恋人が命の危機に瀕していることを、彼女はまだ知らない。


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