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タキオンの孤独 10

 


 結局、レター=パーケイトの言ったことは真実だった。学園から専門家を呼んだところ、老夫婦宅で発見したぬいぐるみを見てひどく驚いていた。曰く、あのぬいぐるみは特殊な魔力収集機関を内蔵していたそうだ。

 何が特殊かといえば、普通の魔力収集とは空気中から魔力を集め蓄積する物質および仕組みを指す。しかし、今回見つかったものは、人体から魔力を集めるものだという。

 酸素がなければ死んでしまうのと同じで、魔力を完全に吸い取られてしまうと人間は死んでしまう。であるからして、人体から魔力を吸い取る収集機関は特殊であり、使用が制限されている。専門の研究機関では扱っているところもあるそうだが、一般家庭で発見されるなどあり得ないそうだ。

 あの家に住んでいた夫婦が学園で検査を受けたところ、体内に蓄積されている魔力量が平均値をわずかに下回っていたが、健康に支障が出ない範囲であり、心配はないという。あわや大惨事になりかねない状況だった。レターの手柄は大きい。

夫婦の身体データから考えるに、ぬいぐるみがソファの下に置かれたのは最近である、という見解だ。つまり、犯人はまだこの街に居る可能性が高い――というより、集めた魔力を回収する必要があるため、再び現場に現れる可能性が高い。ぬいぐるみを回収してめでたしめでたしとはいかないようだ……。

こんな時に限ってリード会長とロカ=エルサンドラールの消息がつかめない。きっとゴウ=ハーディライトあたりが指揮をとり事に当たるのだろう。俺のような平の会員は息つく間もなく働き詰めになることは確実だ。ウンザリする気持ちもあるが、やり抜かねばなるまい。

さあ、明日から忙しくなるぞ――という時に……


――カリカリカリカリ……ニャーニャー


 深夜の来訪者にこちらの事情は関係ないらしい。まあ、猫だからな。

 頭を振って就寝延期を決意。窓を開けてやる。闇夜色の猫は、ピストルの音を聞いた競走馬のようにたちまち部屋に駆け込んでくる。


「おっと」


 ベッドに駆け登ろうとしたところを空中で抱きとめる。猫は虚空を蹴りながらエメラルドグリーンの瞳で俺を睨む。


「何をするか」


 入れてもらったくせにふてぶてしい奴だ。猫ってやつは皆そうなんだろうか。


「昨日も言ったが、雨戸を掻いたせいで――」

「爪を研ぎたいんだろ」


 部屋の隅に丸めておいた毛布の上に猫を乗せる。まったく、用意しておいてよかった。


「毎日枕をダメにされたら堪らん。使い古した毛布だ。存分にやってくれ」

「――うむ、まあいいだろう」


 猫は偉そうに嘯きガリガリプチプチと毛布を引っ掻き始める。無我夢中という様子だが、不意に不可解な事を言った。


「我が爪を研いでいる間に用意を済ませておきなさい」

「用意?」

「急がなければ間に合わなくなるぞ」


少し急いた声だった。


「頼むから分かるように話してくれ」

「やはり頭は良くないようだな。よいか、エイモス――不逞の輩が町に集っておる。もう知っているだろう」

「それは、ぬいぐるみを仕掛けた犯人のことを言っているのか?」


 ガリガリプチプチ、猫は一方的に話す。


「魔力収集機などいかなる手段をもってしても探し出すことはできない。であるからして、しのばせる意味があった。しかし、それが早期に発見されたとなれば犯人はどう思う? どこの誰かは知らないが、何か目的があってそんなものを仕掛けただろうに――それを阻害されたら、次にどんな行動をとる?」


 少し考えて、思い至る。


「まさか、レターを――?」

「だから急げと言っておるのだ」


 いや、だったら爪研いでる場合じゃないだろ――。

 


 *



 その晩もレター=パーケイトは眠りにつけないでいた。

(早くなんとかしなくちゃ――今この町はオカシイ。でもみんな気づいてない――俺がなんとかしなくちゃ……)

 ベッドの上で膝を抱え、爪を噛んでいる。暗闇を怖がる子供のような風情だ。

 一時期吸血鬼となり強大な力を行使していた後遺症として、突如発現した危険を察知する能力。それがレターの精神を蝕んでいた。

 こうして部屋でジッとしている間も、胃を握られるような冷たい“予感”を感じ続けている。ここ数日常に神経をすり減らしており、寝不足と疲労で彼の精神は限界に近付いていた。彼を心配し、頻りに声を掛けてくれたノームの存在がなければ、とっくに廃人のようになっていただろう。

(なんとか――なんとか――俺が――俺が――――)

 爪をかみ砕き口の中に血の味が広がる。貧乏ゆすりでベッドが軋む――夜が更けて行く。


「――!!」


 そんな状態がしばらく続き、レターは突然我に返ったように天井を見上げた。


「な、なな……」


 銃口を向けられたかのように、目を見開きベッドの上をズルズルと後ずさる。

 レターは何かを見つけたわけではなかった。感じたのだ。

 腹の底を鋭いヘラでぐるぐると掻き回されるような不快感。あまりにも強い危機、それは恐怖に昇華していた。


「くそっ――くそくそくそ……」


 満身創痍の面持ちで、焦りが唇から零れる。

 それに答えるかのように、落ち着いた男の声がどこからともなく響いた。


「私の策を見破った人間。どんなものかと思えば、ただの子供じゃないですか――まったく屈辱だ。ひどく気分が悪い」


 育ちの良さが滲み出る優雅な語り口調であるが、その言葉の内容は恨み節に他ならない。レターの恐怖が増幅される。声はそれにかまわず、


「いかなる方法で私の罠を見破ったのか、洗い浚い聞かせてもらおう――それからゆっくりと命を畳んであげましょう。さあ、あなたはどうしますか。逃げてもよし、戦ってもよし、平伏してもよし、逆らってもよし――しかし、結末は変わらない。あなたに待っているのは悲鳴も枯れ果てた末の凄惨な死です。さあ、さあ――」


 レターは荒い呼吸と乱れた鼓動を感じながら、天井を睨み続けていた。


「くそっ、くそくそくそ――――!」


 

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