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タキオンの孤独 9

 会長なら図書館で見かけました――というタレコミを受け、私は走った。

 戦車の調査をすると言ったきり、何の音沙汰もない。それどころか、ここ数日会長室にすら顔を出していないようだった。通常業務がままならないほど調査を煮詰めているというならいいのだが……。あの会長である、よもや、ということもある。

 最近増員があり司書は二人になったはずだ。しかし、カウンターはもぬけの殻だった。まったく、こんなときに何故――少しイラつきながら本の迷路を奔走する。随分時間がかかってしまったが、ようやく会長を発見。奥まったスペースに置かれたテーブル、二人の少女が同席している。彼女たちは、たしか司書だ。こんな処に居たのか。


「さて、君たち。昨日出した課題はやってきたかね?」


 どういうわけか、リードは教師のようなセリフを言った。少女たちに訊いているようだ。

 二人は「はーい」と元気に手を挙げた。なんとも楽しそうである。

 私はというと、何となくいけないものを見てしまった気がして、出て行くのを躊躇していた。ひとまず本棚の陰に隠れて様子をうかがう。


「ではマローダくんから話してもらおう。題目は“なぜバスウッド=カーペンターは妻と仲間を殺したか”だ」


 色の白いほうの少女がすっと立ちあがった。そして、僅かに緊張したような表情で、口を開く。


「私は、バスウッドさんが人を殺したという事実そのものが間違っていると思います。なぜなら、バスウッドさんはいくつも人の役に立つ発明をしている凄い人だからです。そんな人が自分の奥さんを殺してしまうなんて、考えられません。ですから、本の方が間違っているのだと思います」


 なんとも初々しいスピーチだった。

 リードはうんうんと頷いて彼女の意見を咀嚼するそぶりを見せてから、


「なるほど、一理ある。前提から間違っているというのはよくあることだ。なにかを論ずるにあたって、なまじ進行方向が見えてしまう分、問題定義をないがしろにしてしまいやすい。それはいけない、最初から道を外れてしまう。うん、ありがとうマローダ。身につまされたよ」


 マローダは顔を少し伏せた。恥ずかしがり屋なのかもしれない。リードに褒められて居た堪れないのだろう。

 そこへ、褐色肌の少女が水を差す。


「甘いなあマローダちゃんは――」


 こちらの少女は打って変わって悪戯なニヤニヤ笑いを顔に張り付けている。

 マローダは少しムッとして、


「なにがよ?」


 と口を尖らせる。


「それじゃ、次はメイカの意見を聞かせてくれるかい」


 会長が促すと、メイカと呼ばれた少女が起立する。そして、自信に満ちた顔ですらすら話しだした。


「私は、奥さんたちに嫉妬して殺しちゃったんだと思うな。奥さんたちはバスウッドの発明を応用した新しい魔法を研究してたって書いてあった。それで、実際いくつか新しい発明を完成させたらしい。バスウッドはそれが許せなかったんだよ――えっとね、私小井戸くんもマローダちゃんも同じくらい好き。でも、マローダちゃんが小井戸くんと仲良くしてると、ちょっと嫌な気分になる。バスウッドもそれと同じで、愛していたはずの奥さんに対して冷静になれなかったんじゃないかなあ」


 意見はひとまず置いておいて、それは本格的な恋じゃないか――! とまだ幼い少女に対して驚きを禁じ得ない。前々から妙に女性と縁を結びやすい人だなと思っていたが、まさかここまで幅広く網羅しているとは……コイドさん、どうか健全に。

 などと、余計な世話を焼いていると、リードが「ほう」と嘆息の息を漏らした。


「うーむ、僕は今一つ分かっていないようだ――メイカくん、その“嫌な気分”というのをもう少し具体的な言葉に直してもらえないかね?」


 なるほど――と思う。会長は人の気持ちとか感情というものに疎い節がある。好いた惚れたの領域に踏み入ってはまさしく唐変木と化すだろう。

 改めて訊かれて、メイカは探る探る言葉を紡ぐ。


「具体的って言われても、うーん……うまく言えないけど、なんかね、私だけにかまってほしいなって思っちゃうの。そうすると、胸が苦しくなって、意地悪したい気分になるの――マローダちゃんも分かるよね?」

「う、うん。分かるかも――なんだか悪い子になった気分なんです。メイカはいつも悪い子だから私とは違うかもしれないけど」

「誰が悪い子よ!」


 軽い口喧嘩を始める二人。リードは「悪い子、か――」とひとりごちると、


「奴は富と名声を売るほど得ていた。だというのに、ほんの幾つかの発明を他人に先を越されたくらいで、その”嫌な気持ち”になるかね?」


 そんなことを問うた。

 私は少し感心してしまう。よく理解できたなあ、と。さっきメイカは自らの恋心とバスウッドの発明に対する執念をダブらせて語った。きっと会長は熟考の末“恋心”を何となく理解したのだろう。こう言ってはなんだが、会長にしては大きな進歩だ。これを期に円滑なコミュニケーションというやつを身につけてもらいたい。切に。

 会長の問いに答えたのはメイカだった。


「無いとは言い切れないと思う。これだけは譲れないっていう強い気持ちは、コントロールできないんだよ」

「これだけは、か――」

「メイカは子供だから我慢できないんじゃないの?」

「誰が子供よ。マローダちゃんだって私と小井戸くんが仲良くしてると、ちょっかい出してくるくせに」

「それは! ……たしかに」


 どうやら、あらかた話は終わったようだ。会長もまた考え込んでしまったし、そろそろ出て行ってもいいかな、と思う。

 今の会話で何となく事情はつかんだが、詳しく報告してもらわねばなるまい。私だって当事者のようなものだ。

 ついでに、少女たちの事情も聞いてみよう。事と次第によっては道徳について話しておかなければ、大変なことになりかねない気がするのだ……。


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