タキオンの孤独 8
自治会に所属する人間には幾つかの特権が与えられる。特定の施設を使用できたり、軍などの国営機関に一時所属が許されたり、たいして使い道のわからんものばかりだ。
俺みたいな凡会員には縁の無いことだ。きっと行使することは永遠にないだろう。
と思っていたのだが、
「自治会の者だ。悪いが幾つか質問をさせてもらう」
職務質問というやつだ。まあ、そんな能書きを自覚してはいるが、実際は怪しい奴を見つけたんで声を掛けただけだ。「自治会の者だ」と前置きすることで相手に義務を課すことができる。なにかあった場合この義務ってやつが重要になってくるんだろうが、なんだかなあ……偉そうでいけない。
俺が声をかけると、民家の窓を覗き込んでいた男がこちらを振り向いた。
ルドラカンドの生徒であることは制服を見れば明らか。しかし、まさか知っている顔だとは夢にも思わなかった。
(俺の知りあう人間はすべて変人なのか……?)
そんな錯覚に襲われる。
「お、おれは別に怪しい者じゃ――」
小柄で特徴に乏しい男は動揺した様子で言った。
「あんたは確か――レター=パーケイトだな?」
あわやルドラカンドが壊滅しかけた大事件、通称“吸血鬼事件”のとき、事の中心にいた男だ。各種検査や事実確認の末、今は普通に学園生活を送っていると聞いていたが、まさか覗き魔に変貌しているとは。町を滅ぼされるよりは随分マシだが、だからと言って見過ごすこともできない。
「人様の家を覗き込んでるやつは十分怪しいだろう。何を見ていたんだ?」
何かを隠そうとする人間は、大きく分けて二つの行動をとる。誤魔化すか、誤魔化そうとして墓穴を掘るか、だ。レターは後者だった。
「こ、この家危険ですよ!」
言うに事欠いて、そんなことを言い出した。
*
その家には老夫婦が住んでいた。この街にもこんな普通の家庭があったんだなあと意外に思ったが、何のことはない、二人とも教員らしい。聞いたこともない学部の名前を言っていた。
穏やかな夫婦だった。「建物の点検をさせてほしい」という、我ながらきな臭い申し出に笑顔で首肯した。しかし、どうやら、まったくのお人好しというわけではなく、怪しいことも織り込み済みで俺たちを家に招いた節がある。入れ替わるように出かけて行った。物取りだとして、自分たちが居ても危ないだけだ。それならいっその事物だけ取ってくれ。深読みしすぎかもしれないが、そんな意図がある気がした。
まあ、どちらにせよ動きやすくなった。
「それで? どこを探せばいい」
教員というだけあって、リビングには大量の本が並んでいる。といって、散らかってないあたり熟年の品格を感じる。
レターは質問になかなか答えない。俺の顔を見て、変な顔をしている。
「どうした?」
「いや、あの――なんで信じてくれたのかなって」
逆に問いを被せてきた。
「別に信じたわけじゃない。こうした方が楽だからな」
納得したのか何なのか、レターはほうほう――と頷いて、
「変ってますね」
嫌なことを言った……。
レター=パーケイトが言うに、この家は危険らしい。何がどう危険なのか――もちろん聞いた。しかし、それは分からないという。
なんでも、ある時を境に危険を察知する第六感のようなものが備わったというのだ。何を世迷言を――普通ならそう突っぱねる。
だが、あながち虚言だとも言い切れない部分がある。彼はドローエマグの指輪のオーナーとして、おどろおどろとした戦いをいくつも経験している。力は完全に失われ、吸血鬼だった時の記憶も失っており、事件当時とは別人といっても過言ではないのだが、
『体に蓄積される経験というのもある。一度日常を踏み外せば、完全に元に戻ることはできない』
会長はそんなことを言っていた。その真意は分からないが、すべて元通りになったとしても、レターは以前と違う人間だ。そう言いたかったのだと、俺はくみ取った。
具体的に、だからどうしたという話でもないのだが、要するに用心するに越したことはないということだ。
半信半疑で“危険”を捜索する。
イスやテーブルの裏、暖炉を覗き込み、天井裏から本棚の裏まで、大がかりな作業になった。俺は何をしているんだ……と思いもしたが、始めてしまった手前、諦めるというのも収まりが悪い。必死の形相で本の隙間を検めるレターを横目に見ながら徒労を重ねた。
そして、ついに“それらしいもの”を見つけた。
「本当にこれなのか?」
「ええ、あまり近づかない方がいいと思います――」
レターは額に汗をかいている。
何を大げさな、と思う。
それはソファと床の間に挟まっていた。ソファの綿がだれて垂れ下がっていたせいで発見が遅れた。
恐ろしく重いソファを二人で移動させ、埃とともに転がり出てきた“それ”を最初に見たとき、俺は丸まったボロ布かと思った。
さすがにこんなものが危険なはず無かろう。指先で摘みあげてみると、それはウサギのぬいぐるみだった。といって、綿が完全に抜けており脱皮した蛇の抜け殻のようにへろへろしており、可愛らしさの欠片もない。ただのゴミだ――誰がどう見てもそう判断するに違いない。
こんなゴミを見て、腰を抜かす奴はレター以外にいないだろう。
こいつを持って、さっさと出て行こう。そう提案したのだが、
「持って歩くなんて、とんでもない――専門家を呼んでください」
レターはそう言って譲らない。
(まったく、何が何やら……)
最近妙に疲れるな――そんな事を思った……。




