タキオンの孤独 7
越してきたばかりなのだろう。その部屋には、イスとテーブルのみ置かれている。生活感がない、お茶もでない、少し期待していたのだがアイスクリームも出てこないようだ。
俺たちを半ば強引に連れてきた少女もイスに座ってしまった。こうして背筋を伸ばして座っているとまるっきり人形だ。ゴスロリって言うんだろうか、こっちの世界で何て言うのか知らないが。
その少女が何の脈略もなく、ぽつっと、
「ローズウッド――ローズって呼べばいい」
ぶっきらぼうに名乗ったらしかった。
名乗られたからには名乗り返さねば――と口を開いてみたのだが「バスから聞いてる。必要ない」と制されてしまった。ここから三十年分の年輪が紡ぐ熟練の会話術が炸裂する予定だったのだが、気を逸してした……。残念だ。
人形みたいな少女を見て何かが高ぶったのか、メシアが前のめりに問う。
「バスウッドくんはお店に出てるんだよね。ローズちゃんはお手伝いしないの? こんな可愛い子が居たらもっと売れそうなのに」
「ボクには仕事がある。店に出ることはできない」
「仕事?」
「バスには敵が多い。普段は自分で何とかしてるが、今は余裕がない。だからボクが守ってる」
「でも、何もしてないように見えるけど――?」
ローズウッドは無表情でメシアと会話していたが、よくよく見れば唇の下に小さな皺が寄っている。酷く分かりにくいがムッとしたようだった。
もちろんメシアに悪意はない。むしろ好意があるから踏み入った質問も平気でするのだ。ただ、相手のプライドが高かったようで、
「証拠を見せる」
ローズウッドがパチンと指を鳴らす。
すると、部屋の中の様子が激変する。ボウッ――と湯気のように空気が揺らぎ、甲冑を着込んだ幽霊が表れた。それも、一体だけでなく俺たちを包囲するように六体同時にである。
甲冑たちはパラパラ漫画の様に飛び飛びな動きで剣を抜き、かまえた。アイスクリームをねだりに来たわけじゃなさそうだ。
ローズウッドはいたって冷静に、
「ね?」
僅かに唇を動かす。
その間に甲冑は一斉に攻撃を始めた。四方八方から刃が迫ってくる。
『しくじるなよ――あれは幻じゃねえ』
分かってる。とっさに取り出したジャネーとカルテジアンに魔力を注ぎ込む。 ――時間が止まる。
甲冑たちの輪郭は炎を纏ったように曖昧で、残像をなびかせている。
『あれ、触れるよね?』
『普通は無理だ。実体のない魔力の塊のような物だからな。反撃されず一方的に攻撃できる超高等魔法だ。しかし、問題ない。なにせお前は”存在自体がチート”だからな。道理もへったくれもなく敵を消せると思うぜ』
『今更だけど、ちょっとズルいよね俺……』
『何をいまさら』
カルテジアンのスキル構築機能を使い一瞬後に自分がとる行動を決めていく。相当ギリギリだが、何とかなりそうだ。
『それじゃ、いくよラプラス』
『おう』
ジャネーの魔法を解除。それをトリガーとしてカルテジアンの能力が発動。視界がぶっ飛ぶ。
その一瞬後――視界が戻り、体にかかる急激なGが解除される。
――ポンっ――ポンっ――ポンっ……
立て続けに六つの破裂音。部屋が煙たくなる。それが晴れると甲冑たちは綺麗さっぱりいなくなっている。
動きすぎたのか若干気持ち悪い。フウ――と息を整える。
すると、イスに座ったまま微動だにしなかったローズウッドがポンポンと手を打つ。
「お見事。さすがはスターウェイ=ランキャスターだ。ちょっと驚いたよ」
呑気である。こっちは焦ったというのに。
机の下に隠れていたメシアが這い出てくる。
「な、何だったの?」
立ち上がって戦う体制に入っていたアーネットが体の力を抜く。
「ローズウッドさんが指を鳴らした瞬間現れましたが……?」
ローズウッドはのらりくらりと答える。
「外からの魔法攻撃を無力化する陣を解いた。さっきのは甲冑のデザインからみて他の大陸から飛んできた魔法だと思う。数千人の魔法使いが同時に陣を起動させたんだろう。そうじゃなきゃあんなにはっきり見える使い魔は作れない」
「そういうことか――いや、なんで無力化魔法ってのを解いたんだよ! 危ないじゃないか」
「だって、ちびっ子がボクを木偶の坊みたいに言うから」
メシアがギョッとする。
「い、言ってない!」
「そう?」
アーネットが冷静に、
「それより、今も無効化魔法が解かれたままなのでは――?」
「うん」
俺たち三人の突っ込みが同じタイミングで飛ぶ。




