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タキオンの孤独 6



 マーケットに美味しいアイスクリーム屋ができた――。

 女の子は甘いものに目がないというのが一般的な定説であるが、それは男女比が大きく傾いているルドラカンド学園奉仕科で証明された形となった。

 どこもかしこも美味しいアイスクリームの話題で持ちきりだった。どんな話をしていても、気づけば「ところで、最近――」という風に始まり、甘く冷たい糖分の塊を持て囃す内容が続く。

 比較的交友関係が広いメシアはいち早く噂を聞きつけ、噂を広げる一人として立ち回っていた。しかし、ミーハーで飽きっぽい性格が災いし、二日と持たずアイスクリームを食べる前に食傷気味に。

 アーネットはもっと酷い目にあっていた。彼女の近寄りがたい雰囲気から、普段であれば気安く話しかけられる人間など限られているのだが、密かに思いを寄せていた気弱な男連中がアイスクリームの威を借る狼と化し、彼女をデートに誘った。「一緒にアイスクリームを食べに行きませんか? なに、私がご馳走しますよ」と、二日で十件以上も申し出があった。それを断る苦心と来たら、なまじ思いやりが強い分、家事もままならないほど彼女を辟易とさせた。

 そんな経緯があったので、小井戸が二人に「ねえ知ってる?」と切り出したとき、一様に顔を曇らせたのだった。


「俺アイスクリームに目がなくてさあ――」

「コイド様が言うのでしたら……」

「奢ってくれるなら……」


 嬉々として甘いものを食べに行こうと提案する男。それを仕方なしに受け入れる女。という一風変わった図式が展開されたのだった。



 *



 休日――小井戸ら三人はマーケットに出掛けた。目的はもちろんアイスクリーム。普段であれば店を見ながらゆっくり歩く小井戸も、その日は通りの中程にあるというアイスクリーム屋へ真っすぐ足を進めた。

 アイスクリーム――と書かれた看板が見えてきた。しかし、店自体は見えない。休日だからか、普段からそうなのか、それは分からないが店の前には既に人だかりができており、通りの反対側まで続く勢いである。訳を知らない人に「王の処刑が行われているんだよ」と教えれば「なるほど――」と信じるに違いない。それほど賑わっているのだった。

 もはや列の最後尾どころか、列が存在するのかすら分からない。アイスクリームに恋い焦がれる小井戸も一時冷静にならざる負えない。


「これは――さすがに……」


 人混みが苦手なアーネットはすでに辛そうだ。


「時間を改めましょう」


 お祭り好きなメシアでさえ、


「ツマンナイー……」


 駄々をこね始めた。

 小井戸は断腸の思いでアイスクリーム屋を後にすることを決意した。

 さて、行きつけの喫茶店にでも行って気分を落ち着けようか――と、考えていたのだが、不意に手首を掴まれる。小さな手。

 その方を見れば、人形が立っていた。

 何の感情もなく小井戸を見る瞳は磨き抜かれたセルロイド。エアブラシで陰影を与えた白い肌。熟達したタッチで引かれた深紅の紅。前髪を一文字に揃えた黒髪の上には蝶を模したヘッドドレスが乗っている。


「コイド=コウヘイだな? こっちへ来い――」


 コールタールを吸って育ったバラを散りばめたようなドレスを着た少女が低く押さない声で言った。


「え、えっと――」

「バスウッドがお前らを見つけたら家に招待しろとオレに命じた。だから黙って来い――お前らもだ」


 突然現れた精巧な人形の様な少女に三人は面食らっていた。

 そこで、アーネットはようやく思い出す。「僕に用事があったらマーケットで一番賑わっている店に寄ってください」数日前一緒に食事をした男が言っていた言葉を。



 *



――カリカリカリカリ……ニャーニャー……


 本当に来やがった。

 この調子で雨戸を引っかかれた場合、俺は気にせず眠れるだろうか。夢の中に化け猫が表れないだろうか。


「はあ――」


 まったく嫌になる。

 コイドは俺を優しいと言う。しかし、俺自身そんなつもりはない。別に優しいからアイツと友達になったわけじゃないし、窓を開けてやるわけじゃない。だったら何故か――と聞かれれば上手く言えないが、とにかく、落ち着かないのだ。思えば、子供のころからずっと落ち着かない気分が付きまとっている気がする。きっと性分という奴だろう。

 窓を開けてやると闇夜色の猫はチラリと俺を一瞥し、部屋の中に飛び込んできた。


「おい、勝手に入るなよ」

「お前がいけないのだ――」


 滑らかな身のこなしでベッドに飛びつき、枕を引っかき始めた。


「お、おい」

「雨戸を引っかいたせいで爪が気持ち悪い――」

「…………ったく」


 無心でガリガリとやる猫を、窓辺に座って眺める。立ち位置が逆転したな――となんとなく思った。

 数分待つ。爪の成形に満足したのか、肉球をぺろぺろとやり始める。枕は犠牲になった。


「闘争心とは一種の欲望と同義である。それは、他の欲望と決定的に異なるものに起因し、であるからして危険なものだ」


 まるで格好がつかないな。まあ、言わないが。


「多くの欲望は物質的不満に起因する。しかし、闘争心は精神に起因する――精神に限界は無い。求め続けようと思えば、天井がない――我の言いたいことが分かるか?」


 そう問われれば、


「分かるか」


 と答えるしかない。

 まさか猫の説法を聞く羽目になるとは……。変人に付き合って、変な体験をして――俺が変人になったりしないだろうか。すでに俺は普通じゃないのかもしれない。まったく頭が痛い。


「では、質問を変えよう。お前に闘争心はあるか?」

「――急に聞かれてもピンとこないが、そうだな……あるかも知れないが、大したもんじゃないだろう。きっと誰だって持ってるような、ありふれたコンプレックスってやつだ」


 黒い尻尾がピタンピタンと布団を打つ。


「やはり、お前は相克者足りうる資質を持っている。己の心を鳥瞰できるというのは、強者にのみ許された特権であり、奴と正反対の性質だ。奴は強大な力を持った弱者であり、お前は何の力も持たない強者だ。

 奴を止るのはお前の使命であり、それが可能なのはお前だけだ」


 本当に、一切理解できないのだが。


「使命だか何だか知らんが、お前が言う通り俺は何の力も持たない人間だ。昨日も言ったができる事なんて高が知れている。そうだろ?」

「さして頭はよくないようだな」

「言うに事欠いて……」

「我は力を与えてやると言っているのだ。奴と戦えるだけの強大な力をな――」


 黒猫が力をくれるそうだ。

 ああ、それは願ったりかなったり。願うべくは雨戸を引っかく音を気にせず眠れる力が欲しいものだ。


 

 

 


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