他人事のように
気が付くと俺は映画館にいた。前から三番目の特等席に座り、スクリーンを眺めている。ほんのりとタバコのにおいが漂っている、座席は硬くボロボロだが妙に座り心地がいい。懐かしい――子供の頃よく行っていた映画館に似ている。
映画のタイトルは分からない。ジャンルで言ったらファンタジーかアクションってとこだ。剣を持ったおじさんが敵と戦っている。その傍らには女の子が三人いて、おじさんはそれを守りながら戦っているみたいだ。
そこまでは結構絵になっている――しかし、肝心の敵がヘンテコだ。
あれは何らかのミスでそうなっているのだろうか、ただ真っ黒な人型がどうやら敵のようなのだ。しかも、蹴ったり殴ったりするでもなく、ただボーっと立っている。そのくせ、出鱈目な威力で見えもしない攻撃を繰り返している。ビームだとかエネルギー弾だとか、そういう派手な画面効果を入れ忘れて、地面に仕込んだ爆薬だけが爆発してしまっているかんじだ。この映画は未完成だし、失敗作だな。
「隣いいかい?」
「ん? ああ、どうぞ」
俺以外に客がいるとは――可哀想に、こんなもの見るくらいだったら、通りに出て通行人でも眺めてたほうがずっと楽しい。まあ、もう金払っちゃったわけだから、最後まで見て笑い話の種にでもするといい。俺はそのつもりだ。
「でも、これは君にとっての現実なんだよ小井戸浩平くん。こうして客観的に見ると酷く滑稽に映るかもしれないが――それでも現実は現実なのさ」
「…………?」
俺の名前を知ってる? ギョッとして隣を見ると、そこには最近よく見る顔があった。
「あ、あんた――スターウェイ=ランキャスター!?」
「はじめまして、小井戸浩平くん――いや、今は君がスターウェイだったね」
俺の動揺とは関係なくフィルムは回り続ける。
おじさんが敵に切りかかる場面を俺は見逃してしまった。
*
ルーク=エルサンドラールは、何の予備動作もなく発生する攻撃を正確に避けながら徐々に距離を詰め、剣による一閃を繰り出した。薄皮を剥ぐような浅く加減された攻撃だったが、その剣筋は早く鋭い。
「おっと――」
剣は確かに敵に届いていた。しかし、飛び退かざる負えなかったのはルークのほうだった。彼がさっきまで立っていた地面が爆発し、穴を穿つ。生身で食らっていたら無事では済まなかっただろう。
(刃がなくなっている――そうか、あの黒はそれ自体が攻撃になっているのか)
「お父様!」
「大丈夫だよ、ロカ。少し驚いたがね」
「……私も戦います」
「ああ、ダメだよ!」
飛び出していこうとするロカを止めたのは、栗色の髪の少女メシアだった。
「ロカちゃんはケガしてるんだから無理しちゃだめだよ。それに、ここから動くなって言われたでしょ?」
「くっ……はなせ!」
そんなやり取りを横目で見つつ、ルークはフフフ――と小さく微笑んだ。
「メシアさんの言うとおりだ。ロカ、心配はいらない。そんなことより、私の戦いをしっかり見届けてくれ」
「そんな……私だって戦え――――」
「遠くへ旅立つわが娘のために、最後の教えを授けよう――なんて大層なものじゃないが、きっと役に立つはずさ」
「……お父様」
ロカの瞳に涙がにじむ。
ルークはそれを見て、また微笑んだ。
*
「そうか……俺、また死んだんですね」
スクリーンをぼんやり眺めながら俺は思い出していた。
何か喋りながら涙を流した少女――ロカに俺は殺されたんだ。
「せっかくやり直せると思ったのに――ってことは、ここはあの世ってやつですか?」
隣に座る本物のスターウェイ=ランキャスターは俺の質問に笑顔で答えた。
「いいや、そうじゃない。なんせ君は死ねないからね――ここに来てしまったのには違う理由がある。話が終わればまた向こうに帰れるよ」
「そ、そうですか……それで、他の理由ってなんですか?」
「端的に言ってしまえば君は魔力を使いすぎたんだ。この世界にはルールがある。一定以上の魔力を短時間で消費する行為は、そのルールに抵触する。もし破った場合、忠告をうけることになる。だからこうして僕が君の前に現れたってわけさ」
「そうだったんですか……あれ? でも俺は魔力なんて使ってませんよ」
俺はただ殺されただけだ。魔力を使うどころか、使い方すら知らない。
「それは、あれのせいさ――」
スターウェイはスクリーンを指さした。そこには、黒い影が映っている。
「あれは僕が作った魔法だ。睡眠以外の要因で意識が無くなると自動で発動するようになってる。敵とみなした物を自動で攻撃する魔法球を呼び出し、全身を高濃度の魔力で覆う。絶対の防御とそれなりの攻撃力を兼ね備えた僕の自信作さ。まあ、よくできてはいるが魔力の消費が激しいのが難点だ」
スターウェイはウインクをして見せた。俺もあの体で同じことをやったら、こんなにカッコよく見えるんだろうか――いや、きっと不格好だな……。
「あれ? でも、だったら失敗作じゃないですか。使うたびに忠告を受ける羽目になる」
「今では廃れてしまったようだが、昔の魔法使いは皆魔力を逃がす技術を会得していたのさ。正確には、収集した魔力を相転移させずに亜魔力の状態で侍らせておき、必要に応じて空気中に開放する方法だけどね。まったく減らさずに還元することはできないが、熟練者なら九割近く戻せる――」
「…………」
「ええと、君の世界の言葉で言うと――特殊な訓練を受けて魔法を使っています。良い子はマネしないでね。みたいな?」
「おお!」
分かりやすい。
「だったら、俺にスターウェイの体は勿体ないですね。ろくに魔法も使えないんじゃ宝の持ち腐れだ――」
――っと、一番聞かなきゃいけないことを聞いてなかった。
「そもそも、どうして俺があなたの体に入ってるんですか? 変ですよね。手違いとか?」
「あーそうだな。それを説明するとなると、結構時間がかかるんだ――後日また、ということじゃダメかな?」
「はあ。なら仕方ないですね」
俺が頷くとスターウェイは不思議そうな顔をした。
「説明もなく君を異世界に送ったけど、君は僕を恨んだり怒ったりしないんだね」
言われてみれば――たしかに無茶苦茶な話だ。でも、言われるまで気づかなかった。俺が異世界で目覚めたとき――そうだ、俺はこう思った。
「俺にはやり残したことがあったんです。だから、この世界で目を覚ました時、本当に嬉しかった。あなたには感謝しています。恨みなんてありません」
スターウェイは俺の言葉を複雑な表情で聞いていた。今まで見てきたどの人のどの表情とも違う、なんとも形容しがたい顔だった。
「それなら良かった――これからも存分に僕の体を使ってくれ。突然返せとか言わないからさ。もう君のものだ」
「ええと、ありがとうございます?」
「ははは、どういたしまして」
俺たちは顔を見合わせて少し笑った。
「さて、もう少し話したいところだが、君はそろそろ帰らないとね。心配してくれる女の子もいるみたいだ――待たせては悪い」
スターウェイは立ち上がって俺と向き合った。
「最後にいくつか――もしスターウェイ=ランキャスターの力が必要なら魔女の都”ブラクコンティーン”に行くといい。ヒントをくれるだろう。もしかしたら邪険にされるかもしれないが、その時はマイラ=フランムークに会いたいと言えば何とかなる。
――と、これは個人的なお願いなんだが、もし彼女に会ったら「果たせぬからこそ約束は美しい」と伝えてほしい。きっと面白いことに――いや、いい方に転ぶはずさ」
「は、はい。覚えておきます」
「ありがとう。それから、言い忘れていたがルールを破った者にはペナルティーが課される。一か月間魔力を使えないから注意してくれ。まあ、僕の体は不死身だから死ぬことはないがね」
「そうですか。分かりました」
いつの間にか、あたりは真っ暗になっていた。懐かしい映画館は跡形もなく消えている。
「では、サヨナラだ。また会おう――と言いたいところだが、あまりこっちに来るなよ」
「はい。 ――気を付けてはみます。さようなら」
そんな素っ気ないものが魔法王と交わした最後の会話だった。
俺の意識は徐々に薄まっていき、そして――――。




