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タキオンの孤独 1



 特別棟を出る、辺りは既に真っ暗だ。

 会長との交渉は驚くほどすんなり終わった。メイカはマローダと一緒に司書の仕事をもらえるそうだ。良かった良かった。暇なとき遊びに行こう。

 そのことはいい――話をして、書類を作るだけならこんな時間までかからない。


『このところ暇でね。お茶でも飲んでいきたまえ』


 リードはピクリとも表情を動かさず俺を誘った。メイカに許可を出してくれた手前、断るのもあれだなあ――ということで、俺は誘いに乗った。

 どうやらリードは人の話を聞くのが好きなようで、話しやすいよう会話の流れを操り俺に長話をさせた。しかし、笑い話をしても「それは面白いな」と真顔で言うので、話してる俺からしたら馬の耳に念仏――楽しんでるんだろうが、微妙な気分だった。

 話し続けて、気づけば外は真っ暗。さすがにもう帰りたい……。「同居人が晩飯の用意して待ってると思うんで――」と、無理やり話を切り上げる。リードは、少し残念そうに「そうかね、また来たまえ」と俺を開放した。まあ、気が向いたらまた来よう。


「あれ、コイドさん?」


 特別棟から校門に向かう道すがら、背後から声をかけられる。

 小井戸が振り向くと、見知った女生徒が速足でこちらに近づいてくるところだった。


「やあ、ロカ。なんだか久しぶり」


 ローブアイン公爵領地当主、ルーク=エルサンドラールの娘、ロカ=エルサンドラールである。本来は小井戸の様な地位を持たない人間が話せる相手ではないのだが、入学前にいろいろあって気安く話せる仲なのだ。

 とはいえ、久しぶりに顔を合わせてみて小井戸は緊張していた。名だたる貴族たちから数百の求婚をされたという伝説的なエピソード。その凛とした美貌は暗闇であっても陰ることはなく、それどころか陰影すら味方につけ、魅力を増している。彼女から話しかけてこなければ、チキンの小井戸は話しかけられなかっただろう。

 ロカは小井戸の隣に並び、歩調を合わせて歩く。


「何か用事でもあったんですか?」

「ああ、ちょっと会長に話があってさ。まあ、用事自体はすぐに済んだんだけど――」

「なるほど、なんとなく想像はつきます。大変でしたね」


 同じ五大貴族であり、自治会のメンバーであるロカはすぐに気づいたようで「お疲れ様です」とコイドを労った。


「ロカは何してたの?」

「自治会の事務仕事です。本来は会長の仕事なんですけど、例の”吸血鬼事件”で書類漬けになって以来、嫌になったみたいで――私が引き継いだんです」

「……それは、大変だね」

「時間はかかりますけど、苦ではないです。こう見えて私、事務仕事は得意なんですよ」

「そうなの?」

「はい、国に居た頃はほとんど毎日お父様のお仕事を手伝っていましたから。 ――というより、お父様は剣を握っていないとただのダメ人間なので、実質私が国を動かしていました。すごく気が重かったです……。

 それに比べたら、事務仕事なんて気が楽なものです」

「そ、そっか……」


 小井戸は、まだローブアインに居た頃一度だけあったルーク=エルサンドラールのことを思い出す。たしかに、何処か抜けたような捉えどころのない人物だった。大貴族の娘といっても、色々苦労してるんだなあ……。しみじみ思う。

 なんだか、パーッと気を晴らしたい気分。


「そうだ、これから家に来ない? アーネとメシアがご飯作ってくれてるはずだから一緒に食べようよ」

「いいんですか? 私なんかが行ってしまって」

「もちろん。二人も喜ぶよ――あっ、しかも今日は月に一度の天ぷらデーだ! ラッキーだねロカ」

「て、てんぷら――?」


 

 *



 ――同日、昼頃。

 商店通りに面する空き家に一人の男がやってきた。

 背が高く、痩せている。それ以外とくに特徴がない。丈の長いコートを着込んでいる。


「悪くないねえ。ここが僕らの新しい家だよローズ」


 男は家をしげしげと眺めている。そこは商店通りのメインストリートであり、人通りが多い。しかし、彼を避けて行く人々は、嫌な顔一つせず、それどころか男が視界に入ってないような素振りだった。

 男はしばらく楽し気に家の外観を眺めて、それから中に入っていった。

 何もないガランとした部屋。男の声が響く。


「うん、いいね。昔住んでいた田舎を思い出す――な、ローズ」


 男がコートのポケットから小さな人形を取り出す。黒いレースのドレスを身にまとった、綺麗な人形。どうやら、さっきから人形に話しかけているようだ。

 男は、その人形を窓辺の縁に座らせる。

――すると、ローズと呼ばれた人形が動き出した。滑らかな動きで、首を動かす。辺りを見回しているようだ。そして、男のものとは違う声が響く。


「そんなことはどうでもいいでしょ。それより、早く仕事を始めなさいよ」

 

 投げやりな女の声だった。信じられない話だが、状況からみて人形ローズが話しているようだ。声のトーンが自然で腹話術とは思えない。

 男はオーバーな動きで肩をすくめて、


「まあそう言うなって――荷物が届くのは夜になってからだ。それまで仕事はできない。世界最高峰の魔導技師バスウッド=カーペンターも商売道具がなけりゃただの人間さ。

――ってことで、夜になるまで”しりとり”でもして時間をつぶそう。 ――りんご」

「やんないわよ」

「よ、よ――よくぼう」

「だから――」


 男は夜になるまで、永遠人形に話し続けた。


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