ドローエマグの魔道書 18
紙の匂い――柔らかい照明――ここは――――?
「メイカさん――メイカさん――」
マローダちゃん? なんで――もう話せないはずなのに。
ルドラカンド学園の歴史ある図書館、本棚の迷路。奥まった場所にある机の置かれたスペースでメイカは目覚めた。まだ夢心地である。椅子の背もたれの硬さを感じつつ、視線を横に動かす。そこにはマローダがいる。
「どうしてマローダちゃんがいるの? ひょっとして、マローダちゃんも死んじゃった……?」
メイカの顔が曇る。そんな少女を見て、マローダは「まったく、もう――」と呆れたように微笑む。
「ここは、私とコイド様が元居た世界です。神様に無理言ってあなたを連れてきたんです」
「小井戸くん……?」
メイカは首を動かし、反対側を見る。そこには、小井戸がいる。ワザとらしく怒ったような表情を浮かべている。
「おはようメイカ。生き返った気分はどうだい」
「生き返った……?」
「実は俺、反則じみた魔法がつかえるんだ。自分で命を絶つような馬鹿な女の子くらい簡単に生き返らせることができる」
「お、怒ってる?」
うう……と怯えるメイカ。今度は反対側から、
「当たり前です。私もコイド様もすこぶる怒ってますよ。これからお説教です。泣いても喚いてもやめませんからね」
「ええ……でも――私が居なくなれば二人が結ばれて元の世界に帰れるから――私が居なくなれば全部上手くいくと思って――」
思いつめた表情で自殺の経緯を語るメイカ。
「私たちのためを思って死ぬことを選んだんですね?」
「うん」
「でしたら、やはりお説教が必要ですね」
「ええ? なんでそうなるの!?」
理不尽だ。驚くメイカ。
小井戸は少女の頭をポンポンと優しく撫でて、
「俺たちのために行動してくれた――それは素直に嬉しい。でも、考えが足りなかったみたいだ――」
小井戸は少女の正面でしゃがみ、目線を合わせる。彼女は少し不安げな顔だ。
「いいかい、メイカ――君が死んで、俺たちはすごく悲しんだ。どうしようもなく切なかった。なぜか分かるかい?」
「そ、それは――」
「私とコイド様がどれだけあなたを大切に思っているか――嫌というほど教えます!」
「うう……うん」
*
俺たちはドローエマグの中に十日間以上居たはずだが、こっちの世界ではまったく時間が経っていなかった。本を読み、地震を感じて、その直後ドローエマグから帰ってきたという感じだ。そのことに気づいたのは、三時間に及ぶお説教が終わり、腹が減ったので図書館を出た後だった。購買で適当な食べ物を買いつつ、おばちゃんに今日の日にちを聞いて驚いた。
まだ明るい中庭のベンチで、サンドイッチや調理パンなんかを食べながら、これからどうするかという話をした。
メイカはこの世界で俺たちと一緒に居たいと言ってくれた。俺も同じ意見だし、もちろん賛成だ。しかし、人が一人突然現れて、当たり前に暮らし始める――という訳にもいかない。マローダの時と同じように、後日自治会に掛け合ってみよう。会長リード=ティラムントは変人ではあるが話の分かる人だ。何とかなるだろう。
俺には、もう一つ気になることがあった。
「ねえ、これからドローエマグに行かない?」
提案してみる。
「そうですね、私たちは突然いなくなったようなものですし――早めに事情を説明した方がいいですね。それと、霊亀さんに本を持って行ってあげましょう。他の聖獣さんたちにも何か差し入れをしたいです」
マローダも何も言わず戻ってきてしまったことを気にしていたようだ。
「私も賛成。長老さんやラークくんに謝んなきゃ。それで、私はもう大丈夫って言いたい!」
メイカはすっかり前向きだ。いや、元々そういう性格なんだろうけど、何はともあれ嬉しい限りだ。本人も言う通り、もう心配はないだろう。
「よし、そうと決まればさっそく準備を始めよう。十分後、またここに集合ってことで、いい?」
「はい」
「うん」
*
ドローエマグの魔導書は今もルドラカンド学園図書館のどこかにある。
幸か不幸か、それを手に取り読んでしまった人間が居れば、たちまちドローエマグの世界へ招待されるだろう。
そこは、強力なモンスターが支配する世界――人々はモンスターたちの力を借り生きている。
元の世界に戻る方法はただ一つ――最強の力を持つ五聖獣をすべて倒し、世界の秘密を知ること。辛く厳しい冒険を強いられることだろう。
しかし、辛いだけとは限らない。ドローエマグの住人は、時として冒険者に味方する。
例えば、とあるカジノ――ルーレットを回す優し気なディーラーを見つけたら、ぜひ話しかけるといいだろう。きっと楽しいゲームができるはずだ。
例えば、とある町はずれの家を訪ねた場合――そこには気難しく、性別すらわからない老人が住んでいる。老人の言う通り仕事をこなせば、貴重な情報が得られるだろう。とくに、倉庫整理の仕事はポイントが高い。
例えば、目つきが悪く、髪を逆立てた不良風の男を見かけたら臆せず声をかけてみるといい。とても礼儀正しく対応してくれるだろう。意志の弱い部分もあるが、誠実な男だ。旅の仲間として申し分ない。 ――同性に告白し”フラれた”過去を持つが、今は……。
例えば、力をつけ聖獣に挑む段階になったなら、順番を熟考するといい。世界最強の力を持つ聖獣だが、冒険者を憎んでいる訳じゃない。ある聖獣は歴史の本に目がなく、差し入れでもすれば手を抜いてくれるかもしれない。ある聖獣は、食べ物を欲しがり、すぐ眠りたがるので、倒せなくても友達になれるかもしれない。ある聖獣は酷く口が悪いが、逆に言い負かせば、凹んで戦意を失うだろう。聖獣たちは案外、不完全だったりするのだ。
かつてドローエマグの世界は存続の危機に立たされたことがあった。世界の仕組みが次々と変更され、不安定になり、その結果として、一人の少女が自ら命を絶った。
だが、それは過去の話――。
現在のドローエマグは本来の姿を取り戻し、存在する意味を全うしている。
これからドローエマグに足を踏み入れる人間にとってはまったく関係ないのだが、きっと小心者の神の前にたどり着くことがあれば、全てを教えられるだろう。
頼りない少年と、二人の少女が世界を救ったということを――――。




