ドローエマグの魔道書 17
「彼女は説明役だから居なくなってもらっては困る。持っていくなら他のものにしてくれ」
「さっき”何でも”って言ったじゃないですか!」
「じゃあさっきの無し」
「ええ……」
こんな出鱈目なのが本当に神様なのかよ……。小井戸がドン引きする。
メイカを小井戸たちの世界に連れて行くために、マローダに無理やりキスまでしたのにこれでは困る。ここで諦めるわけにはいかない。
小井戸は頭をフル回転させ、解決方法――もとい、都合のいい屁理屈を考える。
「ねえ、神様。マローダも昔ドローエマグの説明役だったと聞きましたけど。事実ですか?」
「ん? そうだよ」
神はあっさりと認める。罠ですと書いた看板の下に設置されたトラバサミを、えいっ! と踏んだ感じだ。
「だったら、説明役を違う世界に連れて行くこと自体は可能なんですよね? というより、すでに前例があるわけだから、何かしらの条件や制約をクリアすれば連れて行けるということになる。違いますか?」
「…………ああ、そういう話?」
小井戸が言いたいことにようやく気付いたようだ。
「いや、それは、確かに連れて行けないこともないけど、でも、色々面倒な続きがあったりして――」
しどろもどろになり、言い訳を始める。
小井戸はここだ! と当たりを着け畳みかける。
「お願いします神様。どうしてもメイカを連れて行きたいんです! 彼女に言いたいことが山ほどあるんだ。マローダもそうだろ?」
成り行きを見守っていたマローダだったが、小井戸の思惑に気づき言葉を被せる。
「そうです神様! 私はメイカさんに怒っているんです。彼女が嫌になるまでお説教してあげなきゃいけません。だから、だから――お願いします。メイカさんと一緒に帰らせてください!」
二人の熱い言葉を聞いて、神は一瞬黙る。そして、
「君たち――――熱いな!」
ちょっと感情が高ぶっているようだ。
「なんかいいねえ。そうか、君たちそんなに熱心だったのか。うんうん、実にいいよ」
しめた――小井戸とマローダが目を合わせ頷く。
「では、神様。メイカを連れて行ってもいいんですね?」
「ん? ええ、と。そうさせてあげたいんだけど……」
ノッテきた割りに神の反応は芳しくない……。
「あのね、ドローエマグ世界はあんまり売り上げがよくないんだよ。ええと――赤字続きって感じでさ。だから、テコ入れしてもっと盛り上げなきゃいけなくて、そのために少ない資産からメイカを生み出したんだけど……ホントは君たちが大冒険して世界を盛り上げてくれる予定だったのね。でも、あっという間にクリアしちゃったでしょ? だから、こっちとしては誤算なわけよ。そのうえ、メイカまで連れて行かれたら火の車になっちゃうよ」
何の話だろう……。小井戸には理解できない内容だった。しかし、やはり諦めるわけにはいかない。再び、屁理屈を考える。
「ええと――つまり何かしらの出来事が頻繁に起きる状況が”盛り上がった世界”ということですか?」
「そうそう、そこに生きる人間の感情が大きく動き続けるのがベストだよ」
「なるほど――」
その理由は分からないが、要点は抑えた。
メイカは、人々の感情を動かす”何かしらの出来事”の火付け役として生み出されたということだ。死んでしまったのに引き渡しを渋るということは、何らかの方法で生き返らせて同じ目的で生きるのだろう。仕掛け人は神だ。それくらいの非常識は十分考えられる。
そこまで分かれば、解決方法は簡単。メイカが居なくなってもドローエマグが盛り上がる状況を作ればいいんだ。その方法は――――ある。
小井戸はポケットから五つの宝石を取り出した。
「神様、これがなんだか分かりますか?」
赤、青、緑、白、金、それぞれ形も違う石を掌に載せ高く掲げる。
「馬鹿にしてんのか! 五聖獣の封印された石でしょ。私が作ったんだから――――って、君が持ってたの!?」
それは知らなかったんかい……。
「これがなくなったからドローエマグのシステムは変わってしまった。そのせいで赤字になった。だからメイカを作った――あってますよね?」
「うん、そうなんだよ……ったく、あの野郎――好きなものを一つだけもってけって言ったら”俺が手に入れたもの全て”とか言い出してさ。一つって言ってるでしょ! って私怒ったの。そしたら”カテゴリーとしては一つに分類される。物質的に一つとは言ってない”とか言ってさ……私、難しくてよく分かんないからテキトーにオーケーしちゃったの。したらね、説明役まで連れてっちゃってさ……あん時は凹んだなあ」
「あの……それは、自業――大変でしたね」
神に祈ってる人間を見たら”あんたの方がしっかりしてるよ”って言ってやろう。小井戸は心に決めた。
それはそうと、
「ねえ、神様。この宝石をドローエマグに返せば昔みたいな冒険の世界に戻るんじゃないの? それって、説明役を一人生み出して火種を作るより、簡単確実に世界を盛り上げられるんじゃない?」
「え、いいの? 返してくれるの!? それ、すっごく強いんだよ? もってたら誰にも負けないよ?」
「俺の目的は普通の人生を全力で生きることです。なので、力はいりません」
「そ、そっか。それじゃ――」
「ただし! 条件が二つあります」
「な――なんでしょう」
急に敬語になる神。一度騙されたことがあるので、警戒しているのだ。
「一つ目の条件は、メイカを連れて行く許可が欲しい。これについては問題ないですよね?」
「うーん――――うん。大丈夫!」
「そして二つ目。ドローエマグに自由に行けるようにしてほしい。力はいらないけど、五聖獣たちに会えないのは寂しい。ね?」
小井戸が問いかけると、マローダは大きく頷く。
「はい。また霊亀さんとお話ししたいです。他の聖獣さんたちとも会ってみたいですし」
それに加え、小井戸と霊亀との間で交わされた約束も果たせていない。二度と会えないのはさすがに無責任だと小井戸は考えたのだ。
小井戸の提案は、お互いに利がある条件だ。しかし、神はまだ疑いが捨てられない。
「そんなこと言って――また騙そうとしてるんじゃないの……?」
小井戸は自分の潔白を証明すべく、
「もし神様に不利があった場合、俺を好きにしてもらって構わないです。俺はあなたを絶対に裏切らない。だから、どんな不条理な条件も受け入れますよ。どうです?」
大口を叩く。
自信があった。それに、時間も惜しい。
「そこまで言うなら――うん、分かった。君を信じるよ。でも、念のために保険を掛けておくね。それじゃあ――君が私を騙すような素振りを見せたら、物理法則とか運命とか全部無視して私のところに呼び出すからね? それでいい?」
「はい、構いません」
即答する小井戸。マローダは心配そうに彼の裾を引っ張る。「大丈夫さ」小井戸は笑いかける。
「それじゃあ、今決めた通りにしよう。小井戸マローダ、メイカにドローエマグヘ移動できる権限を追加、小井戸には、私専用のバイパス回路も追加、そして第三十七炉へ転送。五聖獣を第八千八百二十三炉へ返還、システムを変更初期システムを参考に再構築。難易度を少し上げとこう――」
小井戸たちには神がないを言っているのか分からなかったが、全ていい方に転んだことは理解できた。
呪文を唱え終えると神は何気ないトーンで、
「久しぶりに人と話せて楽しかったよ。君たちは私を騙さなかったし、ちょっと気に入った。機会があればまたね」
マローダは深く頭を下げて、
「ありがとうございました、神様。よく分かりませんが、頑張ってくださいね」
神を励ました。
小井戸は、
「――――」
何も言わず星空を眺めて、
(ハッピーエンドでもバッドエンドでも――ゲームのエンディングって寂しくてたまらないよなあ)
そんなことを考えていた。




