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ドローエマグの魔道書 15



 親戚の葬式に何度か参加したことがある。

 実感の伴わない喪失感。見知った家族の涙。葬式の最中自分は何故か泣けない。大体二三日置いて、ふとしたタイミングで急に実感が襲ってきて堪らなくなる。時間差がある分、俺は薄情なんじゃないか――そう考えたこともあった。友達に相談したこともある。曰く、


「周りに悲しんでる人が多すぎて、お前は泣けなかったんだ。誰かが支えてやらなきゃならない――男って奴はカッコつけたがるからな。後ろめたく思うことはないと思うぜ」


 ということらしい。

 そういう考え方もあるか――と納得したのを覚えている。



 早朝、長老に叩き起こされる。文句を言う暇もなく手を引かれ、なぜか風呂場に連れて行かれる。脱衣所にはすでにマローダとラークが居た。

 二人とも目を開いたまま寝ているみたいだ。俺と長老が前を通っても、まったく反応がない。

 腹の奥にヒンヤリするものが溜まる。何か起きたんだな――俺だってさすがに気づく。

 長老は浴室へ続くドアの前で一度止まり、俺の顔を見た。相変わらず表情が読めない。性別すらよく分からない。何も言わず、数秒俺の顔を見てから、長老がドアを開く。


――浴室にはメイカが居た。


 湯の温度を確認していたら急に眠くなって、浴槽の縁を枕にして眠ってしまった――そんな体勢だ。右手を浴槽に入れたまま、座り込んで目を閉じている。

 一見ほほえましい場面。おいおい、こんなところで寝るんじゃない。思わずそう言いたくなる。

 でも俺だってバカじゃない。彼女が寝ているわけじゃないことくらい一目見ればわかる。


――小さなカミソリ。赤く濁った浴槽の水……。


 やっぱり、実感がない。

 目の前で起きた出来事が余りに想像を超えていて、脳の処理が追い付いていない感じだ。戸惑い――それがすべて。

 俺は浴室を出た。なぜ出たのか、どうやって体を動かしたのか――それは分からない。


「なあマローダ――メイカのやつ――死んじゃったのか?」


 何故そんなことを質問したんだろう。

 マローダは何も答えなかった。虚ろな目から大粒の涙がぼろぼろ零れる。


「うう、ううぅ…………」


 押し殺した嗚咽とともに、その場に崩れ落ちてしまった。


「ねえラーク、何がどうなったんだ?」


 彼は一瞬俺を見てすぐに目を反らした。拳にギュッと力を込めて、それから言った。


「兄貴――メイカさんは……自分で手首を切って――――死んじまったみたいです」


 言葉を発するたびに喉を毬栗が通過するかのような、痛々しい話し方だった。

 

――メイカが死んだ……?


 長老の皺くちゃな手が俺の肩を叩く。


「しっかりしなさい。あんたがそんな調子じゃあの子も浮かばれん」


 あの子――ああ、メイカのことか。

 そっか、俺がしっかりしなきゃいけないんだ。


「ラーク、手伝ってくれ。メイカをベッドまで運んであげよう」

「は、はい――」


 メイカの体は冷たかった。俺一人でも抱き上げられる小さく華奢な体。色んな情報が手から伝わってくる。

 でも、俺は何処か客観的だった。雲の上から地上を見下ろしているような気分だった。

 ああ、いかん――しっかりしなきゃ。



 *



 メイカをベッドに寝かしつけた後、俺は自分の部屋に戻った。

 起きたばかりだというのに、いつの間にか眠っていたらしい。


「やあ、小井戸くん」


 珍しい人物が現れた。


「スターウェイか――」


 何もない黒の中――今は少し居心地がいい。


「ここには僕しかいない。心行くまで泣くといい――さあ、どうぞ」


 どうやら事情を知っているらしい。


「泣けといわれて泣けるなら最初から泣いてるよ」

「そりゃそうか――すまないね」


 いつも通りの淡々とした口調。続けて変な話を始めた。


「君が最初にいた世界には素晴らしい文化がある。マンガ――というやつだ。もちろん知ってるよね」


 正直、そんな話どうでもいい。俺は黙る。

 スターウェイは構わず続ける。


「独特だよね。あらゆるものからその特徴を抽出して記号として利用する。分かりやすくて入りやすい。なんとも革新的な発想だ」

「何が言いたいんだよ。今そんな気分じゃないんだ」


 イライラして言う。


「まあ聞けって。物事をとらえるのにマンガ的記号論というのが案外役に立つんだ。当てはめてみよう。

 まず、僕――主人公が困ったときに現れるお助けキャラだね。クールな役だ。人によっては賛否あるようだけどね。都合がよすぎるとか、訳知り顔が鬱陶しいとか。でも、僕は大好きな記号だ」


 もう好きにしてくれ。話半分。どうでもいい。


「次に小井戸くん。言うまでもなく主人公だね。いろんなタイプがいるけど、要するに物語が終わった時、最終的に中心にいる人物と定義できる。大変な役だね。

 最後にメイカくん――彼女はヒロインだね。これについては、主人公以上に沢山のバリエーションがある。彼女にしたって例外ではなく、枚挙に暇がないが、そうだな――

 今のところ”途中でいなくなる”という記号が大きいね。自ずと出番が少なくなるから人気投票じゃ成果を残せないけど、好きなキャラは? と聞かれたら名前が出るタイプ」


 段々腹が立ってきた。


「何が言いたいんだよ。今はそっとしておいてくれないかな……」


 恨めしい目で言うと、スターウェイは肩をすくめた。


「まあ、そう怒るなよ。分かった――簡潔に言おう。

 さっきも言ったが物語が終わったとき、中心にいるのは君だ。つまり、君が選んだとおりに物語が終わる。

 君はどんな終わりを選ぶ? 最後の場面には誰がいる? 僕はそう問うているんだ」


 もうさ――


「うるさい! ほっといてくれよ! なにが主人公だ――なにが選択だ――メイカは死んでしまった……その事実は変わらないじゃないか!!」


 不安定な自分、怒りを止められない自分、自分を嫌悪する自分――もう滅茶苦茶だ。

 スターウェイは変わらず平たんに言う。

 

「よく思い出してみなよ。この世界での、もう一人のヒロイン――彼女との出会いを。

 マローダくんはゴーレムを製造する生贄にされて死んでいただ――なのに、今も生きている。なぜだ?」

「それは、俺が未来の魔法を使って…………あっ」


 なんということだ……まったく気づかなかった。


「でも、この世界じゃ魔法がつかえない」

「最初にこの世界をクリアした人物はマローダくんを向こうの世界に持ち帰った。方法はあるということだろ」

「た、たしかに――」


 なんだか、急に冷静になってしまった。


「ええと、怒鳴ったりしてゴメン――その――」

「気にするなよ、君は僕だ」


 スターウェイは飄々とした調子で肩をすくめた。


 

 


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