ドローエマグの魔道書 13
フォエニの町の露店通り。コイドの慣れ親しんだルドラカンドのマーケットに比べれば小規模だが、また違う趣がある。極彩色の果物や、怪しげな木彫りの人形など、地域の特色が出ている。人の量はそれなりだが賑わって見える。皆陽気なためか、それとも単に機構が暖かいためか――どちらにせよ、訪れた人間を否応なく陽気にさせる雰囲気がある。
「ねえメイカ、あれ食べない?」
小井戸が指さす屋台には棒に刺さった巨大な肉が展示されている。ローストされた、たまらなくいい匂いが漂っている。
それを見たメイカは若干顔を引きつらせた。
「す、すごいお店だね……あれが売れちゃったら店仕舞いじゃない。っていうか小井戸くん、あんな大きなお肉食べきれるの?」
どうやら彼女はドネルケバブを知らないらしい。巨大な肉をそのまま買って食べよう、と提案されたと勘違いしているのだ。
小井戸は面白がって、
「その発想は無かったよ――」
「え?」
「あれはね、あの大きな肉から細かくそぎ落として、野菜やソースと一緒にパンにはさんで食べるんだ」
「そ、そうなの」
自分の勘違いに気づいたようで、気まずい表情になる。屋台をよく見ればまな板や包丁が置いてあり、奥の方に野菜やパンも見える。
「し、知ってたもん」
「意外と食いしん坊なんじゃない? 普通丸ごと食べるなんて考えもしないよ」
調子に乗って弄る小井戸。メイカの顔がみるみる赤くなり、小動物のようにウルウルした目でコイドを睨みつける。
さすがにやりすぎたか――と、思いフォーローに入る。
「ゴメンゴメン、おごるから許して」
「もういらない!」
完全に拗ねて、そっぽを向いてしまった。
最初に会った時の流ちょうな説明といい、昨日の誘惑といい、精神年齢は相当高いとみていたのだが、誤算だった。見た目通り、子供っぽい部分もあるようだ。
小井戸は意外に思った。と同時に、やはりデートに誘って正解だったと内心拳を握る。彼女のことを知るのがデートの目的だ。
*
その後、小井戸の熱心な交渉が続いた。頭を下げ続けた末「二つ買ってくれたら許してあげる」という、なんとも子供っぽい解決案を得た。
やっぱり食いしん坊じゃん――という突っ込みを喉元で塞き止め、二つ返事でオーケー。三つのケバブを購入し、歩きながら食べる。
メイカはケバブが痛く気に入ったらしく、あっという間に二つ平らげた。そのころには、すっかり機嫌が直って「また食べようね」と笑顔で言った。
デートというタイトルで遊びに来たのに、小井戸は”親戚の女の子とお出かけ”という感じの気分になっていた。見た目は少年だが、彼とて中身は三十いくつ――ついうっかりおじさんなんでもしてあげちゃうぞモードに入ってしまった。
褐色肌の可愛らしい少女が「あのお店面白そう」といえば、少女趣味なぬいぐるみ屋にも同行。周りの白い目に強い心で耐える。
「あれ食べたい」といわれれば、サイケデリックな色合いの怪しい果物であれ迷わず購入。酸っぱさで胃に深刻なダメージを受けながらも、一緒に食べた。
目を輝かせ、次から次へと好奇心を擽られる少女を見て小井戸のミラーニューロンは伸びっぱなし。我を忘れて、楽しんでいた。
そういえば、なんでデートしてるんだっけ――ようやく我に返ったのは、最後に寄った喫茶店でのことだった。
「ふう――楽しかったあ」
オレンジジュースを一口飲み、恍惚の表情でソファに体を預けるメイカ。彼女の隣には大きな買い物袋がいくつか。言われる通り買ったので小井戸は何が入っているのか覚えていない。
どれだけ無計画なんだ。自嘲しつつ、喜んでくれたならいいか――と納得。彼はメイカ以上に満足している自信があった。親戚のおじさんとして、申し分ないポテンシャルである。
(い、いかん――気をしっかり持たねば)
アイスコーヒーを一口飲んで、切り出す。
「メイカって結構普通の女の子だよね。可愛いお店見て回ったり、露店でテンション上がったりさ。説明役っていうから、てっきり普通の人間じゃないのかなって思ってたけど、そんなことないみたい」
メイカは照れくさそうに「そうかな」と呟く。
「ねえ、はっきり聞かせてくれないかな。メイカの目的はなに? ちょっと引っかかってるんだ。説明役として現れたのは分かるけど、ならなんで昨日俺を――その、誘惑したのかなって。説明役の君がやることじゃない気がしてさ。
何か理由があるんじゃないの?」
メイカは何の表情も浮かべず黙って聞いていた。心の中で何を思っているのか、小井戸は測りかねる。
と、メイカは突然思いついたかのように、両手で頬杖を突きその上に顎を載せて、ニコッと笑った。
「そんなの簡単。私が小井戸に一目惚れしたからだよ。好きになっちゃったからキスしたかった。自然なことでしょ?」
一瞬の照れ。しかし、お道化ているのだと気づく。
「それは嬉しいね。でも、俺は本当のことが知りたい――俺はメイカのことが好きだ。もちろん、恋愛とか抜きで一人の女の子としてね。だから、疑いを持ちたくない。一切の違和感を持ちたくない。だから、まだ言ってないことがあったら全部言ってほしい」
状況に甘んじず、己で道を見つける。選択肢を与えられる側から、与える側へ――小井戸が考えた攻めの攻略。文字通り寄り道ばかりだったが、今日という日はこの質問のためにあったといっても過言ではない。
「そっか、小井戸は私のことが好きなんだね。嬉しい」
「はぐらかさないでくれ――大事なことなんだ」
小井戸は真剣だ。これ以上お道化ても無駄だろう。メイカは悟る。諦めたように頭を振ると、
「ゴメンね。でも、私自身よく分かんないんだ。これは本当。信じて――突然目が覚めて、孤独で怖くて。でも、やらなきゃいけないことは分かってて、小井戸くんが来ることも知ってて――今日はすごく楽しかったけど、本当はずっと戸惑ってて……」
昔の失敗談を語る大人の様な雰囲気だ。まったく、困ったもんだぜ――という感じ。
小井戸は、根拠はないが、本当のことを言っていると判断した。
「俺は、メイカが不安な時に居なくなったりしない。約束する。だから、メイカも俺を信じてほしい――どうかな」
「――――うん。ありがと」




