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ドローエマグの魔道書 11



 長老の厚意に甘えて、夕食をご馳走してもらうことになった。

 メニューはシチューだ。ホワイトクリームのいい香りが漂っている。結局大した仕事はできなかったけど、気づけば腹が減っていた。

 テーブルを囲むのは長老、俺、ラーク、マローダ、そしてメイカ。突然現れた謎の少女――俺以外の四人はメイカをそうとらえるはずなんだけど、いざ家に連れ帰ると驚くほど自然に受け入れられた。誰も疑問を持っていないようだ。

 メイカ曰く、


『ゲームスタイルに合わせて最適化された』


 らしい。なんのこっちゃ。

 まあ何にせよ、今日はたらふくシチューを食べて、何も考えず眠ろう。情報過多で頭が追い付かない。明日、早起きして倉庫整理の続きをしながら色々考えるとしよう。


「このシチュー美味いっす! ね、兄貴」

「うん、とくにこの肉。柔らかくてすごく美味しい――」


 癖がなく食べやすい。鳥かなんかだろうか。

 気難しい長老だが、料理を褒められて少し喜んでいるようだ。


「それはウサギの肉じゃよ。ハーブや香辛料で下味をつけておいた」

「ウサ……それは凝ってらっしゃる」


 ちょっと引いた。ウサギの肉って食べられるんだ……。でも、郷に入ってはなんとかっていうし、味もいいからこの際気にしないでおこう。


「小井戸くん、このお肉好きなの? じゃあ私の一個あげるね」


 左隣に座るメイカが皿からウサギ肉を一欠片掬って差し出してきた。食べろって?


「あ、ありがとう。ええと、俺の皿に入れてくれないかな? 有り難く頂くよ」

「ええ、それじゃヤダ! 食べさせてあげる」


 なんでやねん……。恥ずかしいんだけど。

 俺が困っていると、今度は右隣から、


「こ、コイド様。私もお肉をあげます。食べてください」


 マローダもスプーンを差し出してきた。た、食べろって?

 

「マローダちゃん、私の真似した! なんで邪魔するのよ」

「真似じゃありません。私の方が先に考えていたのにメイカさんがフライングしたんです!」

「ええぇ――それは、ちょっと言いがかりすぎるよ」

「……と、とにかく、コイド様、私のを食べてください!」

「小井戸くん、食べるなら私のだよ。きっと、こっちの方が美味しいよ!」


 左右からにじり寄ってくるスプーン。どうしよう……。

 正直、両方お断りしたい。照れるっつの。でも、そうしたら二人は悲しむかもしれない。それ以上に、ケンかになったら嫌だ。となると、どちらかを食べなきゃいけないんだけど――どっちを?

 付き合いが長いのはマローダ。でも、そんな理由でメイカを断るのは変な気がする。素直になろう――どっちのを食べたいか。 ――それこそ、どっちでもいい。恥ずかしいのは変わらん。

 ああ、分からん。選べるわけないだろ!

 もはやヤケッパチである。

 思い切ってメイカのスプーンにかぶり付く。単に、先に食べてくれと言い出したのがメイカだったからだ。


「ああ、食べた! 私を選んでくれたんだね小井戸くん」

「そんな……コイド様」


 喜ぶメイカと凹むマローダ。二人のリアクションを横目に、俺は口の中のウサギ肉を高速で咀嚼する。味なんてわからん。喉に肉がつかえそうになって涙目になる。それでも何とか飲み下す。

 そして、今度は右隣のマローダのスプーンにかぶり付く。

 相変わらず味なんてわからん。ついでに、胸焼けし始めた。それでも、気合を入れて咀嚼。ゴクン――と、大きく喉を動かして飲み込む。


「い、いやあ……どっちの肉も美味かったなあ……二人とも、ありがとう」


 どうだ! 完璧だろう。間髪おかず両方食べることでどっちの厚意も蔑ろにしない、スマートかつレックレスな立ち回り。きっと食後に後悔することになるだろうが、そんなことは些細な問題。俺は、二人の笑顔が見られればそれでいいんだ。

 

「コイド様は朴念仁です……」

「はあ――何にも分かってない。これだから男ってやつは……」


――あれ?

 さっきまでいがみ合っていた二人が、示し合わせたかのように、不機嫌な顔になっている。なんで?



 *



 翌日、引き続き倉庫整理。相変わらず何をどうしていいかわからず、作業は停滞。胸焼けからくる若干の体調不良を感じつつ、頭を悩ませる。ボーっと立ち尽くす。

 一時間くらいそうしていると、唐突に入り口のドアが開く。ヤベ、長老かな――とっさに手近な木箱を持ち上げて「作業してますよ」アピール。

 しかし、入ってきたのはラークだった。

 一つ息をついて、箱を下す。


「なんだ、ビックリしたよ。どうしたのラーク、休憩?」


 暇と言ったらなんだけど、いいところに来てくれた。相談というか、無駄話というか、話し相手がほしかったところだ。マローダとメイカは昨日の一件でちょっと話しにくいから、ラークが来てくれてとても嬉しい。さあ、男同士大いに語り合おうじゃないか。

 と、意気込んでいたのだが、ラークの様子が変だ。


「あの、兄貴――オレ、兄貴のこと尊敬してます。これからも、何処までも付いて行きます」


 ヤンキーの手下っぽい、妙な律義さはいつも通り。でも、なんか悩んでるような、思い詰めているような、暗い雰囲気だ。


「ありがとう――っていうか、何かあった? 悩んでるなら相談に乗るよ?」

「兄貴……優しいっす。いやね、それが我ながら女々しくて嫌になるんすけど――オレ、好きな人ができたんす」


 ほう、なんと! 恋愛の話だ。


「遠慮なく話してよラーク。君の力になりたいんだ」


 恋愛なんてほとんどしたこともないし、恋愛相談も初めてだけど、俺はすぐさまそう言った。実は憧れていたりして。

 ラークは感激したのか、僅かに涙ぐんで話し出す。


「こんなの初めてで戸惑っているんすが、どうなんでしょう――自分の気持ちを素直に伝えたほうがいいんすかね?」


 なるほど、告白しようかどうか、迷ってるんだな。


「無責任なことは言えないけどさ、でも、言わないで後悔するのはもったいないと思うよ」

「しかし、もし告白してフラれたら、今までの関係すら無くなっちまうかもしれねえし……」


 うんうん、定番の悩みだね。テレビとかでよく聞いた。でも、任せて――俺はテレビを見ながらずっと答えを考えてたんだ。


「いいかいラーク、もし告白してフラれて気まずい関係になったとしても、君が相手のことを本当に想っているなら、そこで終わったりしないはずだよ。気まずいくらいで関係が続かないなら、初めからその程度だったってこと――違うかい?」

「それは――」

「自分と相手を信じるんだよ。逃げちゃダメだ。人の気持ちを動かしたいなら、まず自分が動かなくちゃ!」


 自分の考えをハッキリ伝えた。正直恥ずかしいし、何をエラそうな――と思うけど、頑張って言った。俺の目標は全力で生きること。恋愛相談にも全力で、だ。

 幸い、俺の言葉はラークに伝わったらしい。


「そうっすよね……怖がってイモ引くなんて男らしくないっすよね。気まずくなっても相手を信じる――きっと、そこで終わらない――兄貴、その通りかもしれません。オレ、負けねえっす!」


 彼の瞳に力が宿る。さっきまでの陰鬱な雰囲気は無くなっている。どうやら力になれたようだ。よかったよかった……。


「ってことで、兄貴――俺と付き合ってください!」

「ん? どこに? ――ああ、告白するから一緒に来てくれってことか。うん、いいよ」


 そうだよね、立場が逆だったとして、俺も一緒にいてほしいかもしれない。意外とナイーブなところもあるんだなあ。

 と、一人合点していたのだが、


「いえ、そうじゃなくて――オレ、兄貴のことが好きなんです。恋人同士になりたいんす」

「…………へ?」

「だから付き合ってください!」


 ラークがガバッと体を苦の字に曲げて、開いた右手を伸ばしてきた。イエスなら手を取れって? なんとなくラークらしい古風な告白だ。

 そうか、ラークが告白しようとしていた相手は俺だったのか――なるほどね……。



 


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