ドローエマグの魔道書 9
外はいい天気だというのに、その部屋の雨戸は締め切られている。長老が言うに、日光が当たるとよくないらしい。何に? 多分、この部屋に置かれた物のどれかだろう。
長老氏の指示は「物置を整理しろ」というアバウトなものだった。
マローダは、掃除や洗濯といった普通の家事。ラークは一番シンプルに巻き割り。肉体労働であることは変わらないが、目的がはっきりしている分やりやすい。その点、俺に与えられた仕事と来たら……。
埃を被った木箱が大量に積み重なった仄暗い部屋。散らかっているといえなくもないが、足の踏み場がないというほどでもない。物置フェチがいたら喜びそうな、倉庫然とした倉庫だ。
木箱に中身のメモ書きがされているならまだ分かる。必要になりそうな物を取り出しやすい位置に移動したり、メモ書きが一目で見やすいように配置したり、やり様はいくらでもある。でも、メモ書きなんて一つもない。
なら、掃除すればいいのか――と考え、道具を取りに行った。でも、必要ない。と突っぱねられてしまった。
倉庫整理って何が目的なんだ……?
お手上げである。なので、ズバリ聞いてみた。すると長老氏は「自分で考えなさい」と一言。深い皺の刻まれた顔からは何の感情もうかがえない。なんなら、長老氏の性別すら未だに分からない。おばーさんにもおじーさんにも見えるのだ。
「どうすっかな……」
こんなことなら、おっかないモンスターと戦う方が楽だったかもしれない。
*
「あの、お仕事終わりました」
暖かい縁側。少女が声をかけると、アームチェアの上でパイプをふかしていた老人がゆっくり振り向く。
「お嬢ちゃんは働き者だねえ。それに比べ、後の男どもと来たら、まったくなっとらん。そう思わんかね?」
褒められたのは素直に嬉しいが、そう聞かれると困ってしまう。
「いえ、お二人とも慣れてないんだと思います。でも、頑張っていますよ」
「優しいねえ。よし、お嬢ちゃんには世界の秘密を教えてあげよう」
マローダはさすがに面食らった。
「も、もう教えてくださるんですか?」
世界の秘密を知りたいのならワシの言う通り働け――つい数時間前に言われたことだ。何日、いや何か月働くことになろうと、最後までやり抜こう。マローダはそう決意していたのだが、拍子抜けだ。
戸惑うマローダに構わず、長老は語りだす。
「この世界で生まれたすべての人間は無意識で繋がっておる。皆、自分で考え行動しているように見えて、決められた行動しか起こせない。このワシにしてもそうだ。お主らの様な外の世界から来た人間に世界の秘密を教える――それがワシの役目らしくてな。その無意識に逆らうことができない。
なぜこんな仕組みになっているのか。誰が何のためにこの世界を作ったのか――ワシには分からない。ここから先はお嬢ちゃんたちが探さなければならん。
いいかい、お嬢ちゃん――永久機関――じゃ。それが、世界の秘密じゃ」
*
森に面した裏庭に出ると、威勢のいい声が聞こえた。
「どりゃああ!」
真面目に巻き割りをしているようだ。
しかし、ラークが斧を振り回していると、悪いことしてるようにしか見えないな。こういう偏見が「最近の若いもんは――」という言葉を生んだんだろうか。まあいいや。
斧で頭を割られないよう気を付けて近づく。
「やあ、お疲れさま」
「? ――ああ、兄貴。お疲れさんす。どうしたんすか?」
額に玉の汗を浮かべたラークが振り向く。
「それがさあ、物置の整理が捗らなくて――愚痴を言いに来たんだ」
我ながら情けない。
「これ使います?」
「いや……それはさすがに」
斧で解決するなら楽だけどね。それじゃまるっきりキレやすい若者だ。
と、その時ポケットがもぞもぞと動き、緑色のトカゲが這い出てきた。ダンジョン第二層を守っていた守護獣、蒼竜だ。
「おお、久しぶり」
蒼竜は地面に降りると、首を動かして辺りを観察しているようだ。
「兄貴、こいつも亀や鳥と同じ――?」
「うん。元々は大きな竜だったよ」
「うはあ、スゲエ。こんちは」
ラークが蒼竜に話しかける。トカゲの小さな目が彼を見る。
そして、
「黙れクソが」
さらっと暴言を吐いた。
そうだった、このトカゲはとんでもなく口が悪いんだった。
「……兄貴、オレなんかしましたかね」
「いや、君は悪くない。なんかゴメンね」
なんとなく謝っておいた。申し訳ない気分だ。
「それで、どうして出てきたの? お腹でも減ったの」
「ウルセエごみ屑――いやね、変な気配を感じたもんで」
枕詞みたいに馬頭を挟まないと気が済まないんだね……。
「変な気配? 何かいるのかな。モンスターとか?」
「ファ○ク――いや、そこまでは分からん。しかし、やばそうな感じだ」
蒼竜の視線を追う。
鬱蒼とした静かな森。変わったところはないが、そう言われると不気味に見えるから不思議だ。




