ドローエマグの魔道書 6
今思い返せば、最初に話しかけてきた辺りからディーラーの作戦だったのかもしれない。マローダが賭けたところにボールを止めてくれたんだ。そのあとの二回の当たりも同じようにわざと当てさせた。
彼女は、他の客に対する広告と、向こう側の利益とバランスをとる役割を担わされたんだ。
だから、他の客のチップを回収しきった今、これ以上儲かることはないだろう。ジリジリとチップを減らされるだけ。
「だから今やめた方がいいんだね」
「ええ、簡単に計算して他の三人のチップは合計約百数十枚。あのディーラーは優しい方っす。お嬢にチャンスをくれた。
しかし、どうしますか。お嬢を説得するなら今ですぜ」
「うーん」
難しいところだ。俺には判断できない。
「ねえマローダ、ちょっといいかな」
本人に聞いてみよう。
彼女はディーラーに、
「行ってきていいですか?」
「ええ、待ってますよ」
断りを入れて、こちらに歩いてきた。
「どうしたんですかコイド様?」
「それがね――」
これ以上やっても勝てない。ラークから聞いた話を簡単に伝える。それを知ったうえで彼女はどんな判断を下すのか――この際、すべて任せてしまってもいいだろう。
すると、マローダは意外なことを言った。
「私、自分が勝たせてもたってるの分かってました」
「そ、そうなの?」
「はい。ずっとゲームを見ていたのですが、大体同じ流れでした。一人だけたくさんチップをもらって、後の人はだんだん居なくなります。最後に残った人は、すぐやめるか、さらに続けるかですが、一人になった時点でのチップの数より増やした人はいませんでした」
意外や意外、俺なんかよりよっぽど冷静にゲームを見ていたようだ。
「でしたら、ここでやめて次のゲームに行きましょう。わざわざチップを吐き出すことねーですよ」
ラークが提案する。
しかしマローダは、
「うーん……でも、ここからやっとゲームができるんです。私はディーラーさんとゲームがしたい――だから、もう少しだけやらせてくれませんか?」
「ゲームですかい?」
「はい。実はですね、勝算があるんです」
そう言い残して、マローダはテーブルに戻った。
*
「ディーーさん。私、チップが百五十枚になったらやめようと思います。だから――こうです!」
マローダが手持ちの半分を偶数のマスに移動する。
偶数に五十枚――当たれば百枚になり、合計のチップは百五十枚。勝負に出たのだ。
ディーラーはどこか芝居がかった態度で、
「これはこれは、思い切りましたな。しかしお嬢さん、負けたら一気に半分になってしまいますよ?」
マローダは、常に表情が変わらない。楽しくて仕方がない――そういう顔だ。
「そうしたら次のゲームで残りの五十枚を同じように賭けます」
「ほう――確率は五分と五分。二回同じ賭けをすれば、一度は当たる計算。もし一回目で勝てば目標の百五十枚――二回目で勝てば百枚のイーブンに戻り、同じ賭けを繰り返せる。そういう作戦ですね」
「はい。私いっぱい考えて思いついたんです」
「しかし、ルーレットは気まぐれ。二回連続で負けることなんてザラにあります。それでもやるんですか?」
マローダは迷わない。
「はい! 勝負です、ディーラーさん」
ディーラーの顔をまっすぐ見つめ言った。
しばらく二人の視線が交わる。ディーラー対客の勝負――カジノの本質はまさしくそれであり、どのテーブルでも行われている。
しかし、この二人の間に流れる空気は他と少し違う。
「お嬢さん、失礼ですがお名前を教えてくれませんか?」
「マローダです。私もディーラーさんのお名前、知りたいです」
ディーラーは目を伏せてフッ――と笑い、
「私の名前はディーラです。ここに立っているときは常にね」
マローダが口を尖らせる。
「ズルいです!」
「ほほほ、すみません。しかし――」
ディーラーの優しげな瞳に、小さく鋭い光が宿る。
「それが私のルールです。最初にボールを投げた時から、私はディーラーという名の人間として生きています。ここのシビアな仕事を長く続けていくには大事なことなんですよ。
まあ、釈迦に説法ですね。マローダさんは全部分かってらっしゃるようだ」
ここにきて、マローダの顔が僅かに陰る。
「すみません。私、人の顔色を見て生きてきたので、少し敏感なようです。ですから、ディーラーさんの考えていることは分かる気がするんです」
「そうですか納得しました。 ――後学のために聞かせてください。私は分かりやすかったですか?」
ディーラーがお道化て聞く。
「はい、とても分かりやすいです。それは、私が一番敏感に感じとれる気持ちが強いからです」
ほう――と吐息をのみ問う。
「それは?」
マローダは少し照れて、
「優しさです」
二人は、どちらからともなく笑いだす。殺伐としたカジノの中で、このテーブルにだけは穏やかな空気が流れた。
「マローダさん、またカジノに来てください。そして、また私のルーレットで遊んでください。今度は負けませんぞ」
「はい、必ず」
「ありがとう――」
ディーラーの手を離れたボールが回りだす。
――カラカラカラ――
すでに勝負はついている。しかし、二人は真剣な面持ちでルーレットを見つめている。
やがてボールは止まり、
「赤の八番――おめでとうございます。お客様」
二人の戦いは幕を閉じた。




