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ドローエマグの魔道書 5



 カジノってやつは、基本的に儲けられないようにできている。

 ハナッから客が不利にできていて、知識やノウハウのない人間はまず勝てない。それらを持ち合わせて初めて”ゲーム”になる――らしい。

 全部受け売りだから俺自身ピンと来てないんだけどね……。

 俺はもちろんゲームにならない側の人間だから、マローダに助言することはできない。かなりの確率で金は底をつくだろう。


「でも、まいっか――」


 他に稼ぐ方法がないわけじゃない。むしろ、面倒ごとをしょい込むかもしれないが、一番稼げるバトルに身を投じるいい切っ掛けになるかもしれない。

 元々大した金額じゃないし、マローダが楽しめたらそれで十分。すんなりと割り切ることができた。

 当の本人は、さっきから一つの台に張り付いている。


「やりたいゲームは決まったかい?」


 後ろから声をかけると、彼女は楽しそうに指をさす。


「はい! あれがいいです」


 もうね、超笑顔。おじさん満足。



 *



 現金を専用にチップに変える。全部で五枚、俺たちの全財産。それをマローダの小さな手に握らせると、


「全部使っていいんですか……?」


 いじらしい。孫娘に何でも買ってあげちゃうおじーちゃんの気持ちが痛いほど分かる。


「いいよ。少ないかもしれないけど、楽しんでおいで」

「はい!」


 笑顔炸裂。パタパタと勇み足で椅子に掛ける。

 芝の生えたようなテーブルには細かいマスと数字の書き込み。傍らには数字を書きすぎた時計のような大きく丸い装置。


――マローダが選んだゲームは”ルーレット”だ。


 ルールは簡単。プレイヤーが選んだポケットにボールが入れば勝ち。外れたらかけたチップは没収。それだけ。

 マローダが卓に付いたのを見て、白鬚ナイスミドルのディーラーが赤ら顔を僅かに綻ばせた。


「おやおや、ずいぶん可愛らしいお客さんだ。ルールは分かるかね」


 話しかけられたのが嬉しかったのか、彼女は少し得意げに一枚のチップをマスの上に置いた。36番のマスだ。


「ずっと見てたから大丈夫です」

「ほほほ、そうかね」


 ディーラーはサンタクロースのように笑って、ボールを手に取る。


「ではいきますよ、お嬢さん。当たるといいですね」


 シャ――ディーラーの投げ入れたボールがレールの外周を滑る。

 テーブルに座っている他の客も続々とチップを置いていく。細身の紳士と小太りの紳士、三十代くらいの女性――マローダを合わせて四人のテーブルだ。

 マローダの目はカラカラと小気味いい音で回るボールに釘付けだ。俺は、そんな彼女を後ろから眺めつつ思う。

 ボールを投げてから賭けてもいいのか。なら、そうした方が得じゃないか? カジノのディーラーって好きなところでボール止められるんじゃなかったっけ。先に賭けるマスを決めたら外されちゃうんじゃ――それと、マローダは何の迷いもなく数字に賭けたけど、一転狙いって相当確率低い気が……。

 実際、他の三人は奇数か偶数かの二択のマスに賭けている。当たった時のリターンは段違いなんだろうけど、たった五枚のチップでやるには大胆すぎる。まずは数枚でも増やしてからにした方がいいんじゃないか。

(い、いかんいかん。マローダに楽しんでもらおうって決めたんだ。余計なことを考えるな)

 頭を振って、テーブルに視線を戻す。マローダは足をプラプラさせて楽しそう。それでいい!

――やがて、レールの上を滑っていたボールの挙動がふら付き始める。いよいよ止まる。


「――――」


 マローダは目を輝かせて見守っている。


――カタカタカタ――


 ポケットのふちに何度かはじかれて、ボールが停止。そのポケットは――


「赤の36――おめでとうございます」

「きゃ、やった!」


 なんと……マローダは低確率の賭けを一発で成功させてしまった。

 テーブルのチップが回収されたあと、マローダの前にチップの山が差し出された。

 それを見て、彼女は仰け反る。


「こんなにくれるんですか?」

「36分の1を当てられましたから、36枚のチップです。お強いですな、お嬢さん」

「えへへ――ありがとうございます」


 なるほど、当たる確率がそのままリターンになるのか。五枚だったチップが一瞬で四十枚――す、すげえ。これは、いけるかもしれない。


「では、次のゲームに参りましょう」


 再びボールが走る。マローダもチップを置く。



 *



 大体三十分が過ぎた――マローダはルーレットを続けている。


「白の5番――おめでとうございます」

「やったー!」


 俺は信じられない光景を見ていた。マローダの前に積み重なったチップは減るどころか大幅に増えている。数字の一転狙いを続けること十数回、驚くなかれ――これで三回目の勝利。最初の五枚を合わせれば、手に入れたチップは113枚。そこから賭けを外して回収された分を引くと――それでも、100枚近く残っている計算。

 

「うっす、兄貴!」


 俺が密かに喜んでいると、ラークがやってきた。っていうか、どこ行ってたんだ。


「ウヒヒ――見てください」


 ラークが誇らしげに出したのは三枚のチップ。


「店中歩き回って拾いました!」


 そんなことしてたんかい……。


「それより、あれ見てよ。マローダが大勝ちしてるんだ。五枚だったチップが百枚になったんだよ」


 きっと腰を抜かすだろうな。と期待してたんだけど、ラークの表情はむしろ硬くなり、


「兄貴、あのテーブルはずっとお嬢一人ですかい?」


 変なことを聞いてきた。


「いや、さっきのゲームはもう一人いたよ。その五ゲームくらい前にはもう二人いた。三人ともチップがなくなってやめちゃったみたいだけど」

「その三人はどんな賭け方を?」

「え? たしか――」


 ずっとマローダを見ていたから細かくは思い出せない。でも、確か――


「ゲームを重ねるたびに賭けるチップを増やしてた気がする。たぶん一枚ずつ」


 ほとんど当たってなかったし、奇数偶数に賭けてたから勝ってもそんなにもらってなかったはずだ。

 ラークの吊り目がさらに吊り上がる。何やら考えているようだ。

 そして、


「これ以上続けるのは危険ですぜ、兄貴――お嬢には悪いですが、このゲームが終わったらルーレットはやめましょう」


 意味あり気なことを言った。


「危険って、理由があるの?」

「はい、俺には分かります」

「詳しいの?」

「ええ、ほぼ毎日通ってましたから――――あっ……」

「やっぱりカジノで金使い果たしたんだね――」


 彼は思いっきり顔をそらした。まあ、今は置いておこう。

 それより、


「分かった、信じるよ。だから詳しく聞かせてくれないかな、その”理由”ってやつを」


 マローダがせっかく稼いでくれたチップ。みすみす逃すには惜しい。


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