ドローエマグの魔道書 4
その後、分かったことがいくつかある。
予想通り、始まりの町”トラトス”は大騒ぎになった「突然巨大な木が表れた!」どこに行っても、その話題で持ちきりだった。新種のモンスター説や、新興ギルドのパフォーマンス説などなど――様々な憶測が飛び交っていた。
なにをもってこの町は”始まりの町”なのか、なぜギルドがあるのか。ここは今までいた世界でも、その前にいた世界でもない。図書館で読んだドローエマグという本、そこに書いてあったRPG風の設定そのままの世界なのだ。
なぜこの世界に来たばかりの俺がそんなことを知っているのかというと――
「その”聖なる獣”を倒したら元の世界に帰れるの?」
こじんまりとした居酒屋の隅、俺とマローダはサンドイッチを齧っていた。客は他にいない、店員もおじいさんが一人。皆、霊亀が生やした木を見に行っている。
俺の問いかけにこたえるのは――
「そうみたいっす。いやね、実際五聖獣を倒した人を見たわけじゃねーですけど、皆そう言ってます」
同じテーブルを囲うツンツン頭の男、名前はラーク=レーザックというらしい。
――数分前、彼と戦った現場から逃げる寸前「このままあの人を置いていったら俺たちが犯人だってバレちゃうじゃん……」と、気づく。ということで、気を失っていたラークを担ぎ、気絶して石に戻ったケンタウルスを回収して、現場を離れた。
目を覚ましたラークは俺たちを見てビックリしていたが、次の瞬間「手下にしてください!」と言い出した。断ったんだけど、彼は何処までもついてくるので、こういう状況になったというわけだ。
「ラークさんもどこかからこの世界に来たの?」
「呼び捨てでいいっす。俺は三年前にドローエマグに来ました。家の物置で見つけた変な本を読んで気づいたら飛ばされてました」
俺たちと同じだ。やっぱり、あの本を読んだのが切っ掛けだったんだ。となると……、
「ごめんマローダ、どうやら巻き込んじゃったみたいだ」
「いえいえ、いいんです。コイド様と一緒にいられて嬉しいです!」
「そっか、ありがと」
そうまっすぐな目で言われると素直に照れてしまう。彼女を危険な目にあわせないのはもちろん、早く元の世界に戻らないとなあ。
「ラークはこっちでの三年間どうやって生きてきたの? ひ、ひょっとして、ずっと追剥で生計を立ててたとか?」
ラークは”とんでもねぇ!”と頭を振って、
「オレはこう見えて真面目に攻略を目指してるんですぜ。 ――まあ、真面目すぎてあちこち飛び回ったせいで金がなくなり、追剥に手を出しちまいましたが……こう言っちゃなんだが、最初に襲ったのがコイドさんたちで良かった。もし上手くいってたら味を占めって立ち直れなくなってたかもしれねえ。本当にスンマセンでした!」
ガバッっと頭を下げる。
見た目もやってることもチンピラだけど、彼にものっぴきならない事情があったんだな。知らないところに飛ばされて、それでも頑張って生きる――他人事とは思えない。
「ねえラーク、俺たちなるべく早く元の世界に戻りたいんだ。だから、五聖獣を攻略しようと思う。
そこでなんだけど、この世界に詳しい人にいろいろ教えてもらえると助かるんだけど、どうだろう――ラークも一緒に来ない? もちろんお礼はするからさ」
ラークはビックリしたような顔で、
「お、俺なんかを仲間にしてくれるんすか……?」
「君がよければ――だけどね。いいよね?」
隣のマローダに問いかける。
彼女はにっこり笑って、
「はい! 最初は怖い人かと思いましたが、違ったみたいです。一緒に来てくれたら心強いです」
うんうんと頷いてからラークに視線を戻す。すると、なんと――彼の目から涙がポロポロ零れていた。
「感激っす……もう決めました。オレは何があってもお二人に付いて行きます。オレの全てを捧げます――兄貴に! そして、お嬢に!!」
「兄貴って……」
「お、お嬢って……」
なんか変なテンションだけど、心強い旅の仲間が加わった。さあ、このゲームのような世界を攻略しよう。心なしかワクワクしている自分に気づいて思わず苦笑い。でも仕方がないよね――RPGってそういうもんだ。
「ところで兄貴、攻略するのはいいんですが、その前にある程度蓄えを増やさねーと何もできませんぜ」
「そうなの?」
「ええ、最初にもらえる金は安宿に一泊したら終わっちまう金額。それじゃどう頑張っても旅はできねえ」
金策か――王道だね。
*
この世界で稼ぐ方法。商売、ギルドに物資を収める、レアな宝石モンスターを手に入れて売る、賞金がでるモンスターバトルに勝つ、などなど。
なるべく早く、かつ割のいい稼ぎ方を選ぶ必要がある。
何かを入手して売る――というのが常とう手段だけど、商業ギルドなんかを仲介する必要があり、時間がかかる。なので、商売系は遠慮したい。
となるとモンスターバトルが残るのだが……。
『兄貴なら簡単に勝てるかもしれませんが、きっと目立ちまくってロクなことにならないと思います』
同意だ。今手元にはダンジョンで手に入れた五つの宝石があるけど、そのどれもが霊亀と同等か、それ以上に派手な能力を持っている。人前で使うのは気が引けるし、予想外の惨劇を生む可能性すらある。バトルも無理だ。
――ということで、
「着きましたよ兄貴――」
怪しげな地下室。入口の階段を下りたところで、俺は息をのむ。
やけに広い。天井からぶら下がっている裸電球にタバコの煙が集まり、茶ばんだ光を降らせている。大勢の喧騒に紛れて、カラカラとチップの擦れる音が聞こえてくる。実際に来たのは初めてだけど、この空間の雰囲気を俺は知っている。
「ここって、カジノだよね?」
「うっす。手早く大金を稼ぐならここが一番っす」
ラークは妙にテンションが高い。
「疑うわけじゃないけど、君は本当に真面目に攻略していたから金がなくなったの?」
「も、もちろんっす」
ホントかなぁ……。
「コイド様、みんなゲームして遊んでます。楽しそうです――」
ラークとは違う方向性だが、マローダもハイテンション。ああ、いやだ――こんな欲望の渦巻く空間に、純真無垢な女の子を置いておきたくない。絶対悪影響を及ぼす。
「ねえラーク、ギャンブルはやめよう。さすがにリスクが高すぎる。急ぐ必要はあるけど、もう少し堅実な方法をとろう」
「そうっすか? ですが、お嬢は――」
「――――?」
彼の視線を追う。強面の男が肩を並べるポーカーの台、マローダはおっかないおじさんを気にも留めず台を覗き込んでいる。どんな宝石よりもきれいに光る瞳から「やってみたいです!」という意思が漏れ出している。
「何もせずに帰ったら悲しむんゃないですかね」
「むむ……確かに」
元独身三十路男の俺にはギャンブル好きの知り合いが少なからず居た。付き合いの中で気づいたのだが、彼らは皆必ず同じことを言う。
「それじゃ、ちょっとだけね……」
ギャンブルにおいて「ちょっとだけ」という考えがどれだけ危険か! 暇つぶしにちょっとさ――もうちょっとで出ると思ったんだ――枚挙にいとまがない。
知っていながら、そう言わなければいけないジレンマ……もはやロープレっぽさは完全にどこかへ行ってしまった。




