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ドローエマグの魔道書 3



 知らない場所、知らない男、そしてケンタウルス――本当に訳が分からない。

 でも、だからと言って焦りはまったくない。手前みそではあるが、自分の力に自信があった。俺がほんの少しでも触れれば、相手の時間を奪うことができる。どんなに強い相手でも子供に戻してしまえば敵ではない。自分で言うのもなんだが反則級の魔法だ。

 

「行けっ、ケン!」


 男の掛け声とともにケンタウルスが突っ込んでくる。凄い速さと迫力。正直怖い。

 でも、俺は逃げない。ポケットから二本のテーブルナイフを取り出し、構える。スターウェイ=ランキャスターが作り出した魔法道具ジャネーとカルテジアン。これを使えばより安全に相手に触ることができる。

 ドドドド――とケンタウルスが地面を蹴り加速する。

 轢かれる――と感じた瞬間、両手の先から魔力を流し、魔法道具の能力を開放する。

 意識が加速し、ケンタウルスが停止する――はずなんだけど……


「うおあっ――!!」


 胸を圧迫され息ができなくなる。不愉快な浮遊感、遅れて痛みがやってくる。

(な、なんで――)

 後ろに吹き飛ばされ、宙を舞いながら、頭の中では疑問が渦巻いていた。俺は確かにジャネーとカルテジアンを発動したはずだ。なのに効果が表れることなく、俺はケンタウルスの鋼のような体に轢かれた。

 魔法が発動しない? そういえば、ラプラスと話すこともできなかった――いったいどうなってるんだ。


「うがっ! ――痛ってえ……」


 地面に打ち付けられる。全身に鈍い痛みが張り付き起き上がることができない。


「コイド様! ――大丈夫ですか?」

「ん、ああ――大丈夫みたい」


 幸い、体自体は不死身のままらしくケガはすぐさま治っていく。痛みが治まれば普通に動けるだろう。

 しかし、どうしたものか――死ぬことはないが、魔法を使えないとなればモンスターを倒す手段がない。


「クフフフ……ケンに吹っ飛ばされて生きてるとは驚きだが、やはり初心者のようだな。宝石を持ってねーんだろ? だったら、俺の言う通り持ち物を全部置いてきな。そしたら攻撃をやめてやるぜ」


 釣り目の男はモンスターの背中を撫でながら、余裕しゃくしゃくの顔で言う。

 悔しいが、奴の言う通りなのかもしれない。このまま戦っても、勝てる気がしない……。


「コイド様、先ほどあの人は小さな石からモンスターを出しましたよね――」


 俺の体を支えていたマローダがそんなことを言い出した。


「霊亀さんも宝石から出てきましたけど、何か関係があるんでしょうか?」

「――!」


 そういえば、そうだ。

 分からないことが多すぎて気が回らなかったけど、ダンジョンで出会った守護獣たちは皆宝石から現れた。ケンタウルスと同じじゃないか。


「霊亀は?」

「こちらに」


 マローダが小さな亀を肩から下し掌に乗せる。


「ねえ、霊亀――見ての通りの状況なんだけど、君の力で何とかできない? 困ってるんだ」


 ダメもとで聞いてみる。すると霊亀は、


「まだ途中でした……せっかく歴史を知れると思ったのに……」


 落ち込んでいるようだった。なるほど、本を読んでる途中でここに来てしまったからヘソを曲げてるんだ。だから静かだったんだな……。

 かわいそうだけど、今は時間がない。


「何をこそこそやってんだ!」


 男の苛立った声。今にも攻撃してきそうだ。

 うーん――そうだなあ。


「ねえ霊亀、どうやら元の場所に戻るには敵を倒して先に進まなきゃいけないみたいなんだ。だから、本が読みたいなら、戦ってくれないかな?」


 完全にはったりである。確かなことは何も言ってない。嘘をつくのはよくないけど、背に腹は代えられない。後で謝ろう……。

 霊亀は首を動かして考えているようだったが、


「そうですか、本のためなら仕方ありません――」


 と、渋々だが承諾してくれたようだった。


「コイドさん、マローダさん、ワシをここにおいて少し離れていてください」

「分かった、たのむよ霊亀」

「はい――」


 霊亀を地面に下してから、ポカンとしているマローダの手を取って後ろに下がる。


「あのコイド様、大丈夫なんですか? 霊亀さん踏みつぶされちゃいますよ?」


 大きな瞳が揺れている。俺は笑顔で返す。


「大丈夫さ。霊亀のあの姿は仮のものだ。本当の霊亀は――」


 十分距離を取ったところで振り返る。すると、そこには巨大な壁がそびえ立っている。

 マローダも気づいたようで「な、なな――」と驚きの声を上げた。

 甲羅の全長は俺の伸長の三倍はある。そこまで狭くない通路にぎりぎり収まっていて、少しでも横に動けば建物を破壊してしまいそうだ。像のような四本の足、岩のような質感の肌。尻尾は蛇のように長く、鞭のように柔軟だ。

 霊亀がデカすぎて、向こうにいる釣り目の男がまったく見えない。しかし、声は聞こえてきた。


「あんじゃこりゃ!! お、おい、初心者のくせになんでこんな宝石を持ってんだ――!?」


 ひどく狼狽えているようだ。

 しかし、霊亀は容赦なく攻撃を始める。

 長い尻尾がピク――と僅かに動く。ダンジョンでの戦闘を徐々に思い出す――俺の記憶が正しければ、そのわずかな動きで全てが終わる。


――ミシミシミシ――


 不気味な音、続いて、


「ああああぁぁぁ――……!」


 恐怖に打ち震える男の声。

 霊亀の体で隠れて着弾点は見えないが、男が立っていた辺りから青々と葉を茂らせた”木”が生えている。明らかに異常な成長速度でグングンと背を伸ばす。もはや観光名所になりえるほどの巨木に成長したところで、木の動きが止まった。


「コイド様、霊亀さんって凄い亀だったんですね……」


 彼女はポカンと口を開けてほぼ放心状態だ。


「そうだね、俺も改めてそう思ったよ」


 巨大な亀の体が一瞬で消え、緑色の宝石に戻る。

 視界がよくなる。

 石畳を隆起させ、左右の建物にめり込むように立つ巨木、その根っこに絡まるように、男とケンタウルスが倒れている。どちらも意識がない様だ。

 勝った! と思うのもつかの間、


「ねえマローダ、ちょっとマズいかな?」

「はい、私もそう思います。に、逃げましょう」


 町中にこんな大きな木をはやして怒られないはずがない……。やりすぎだよなあ。


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