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ドローエマグの魔道書 2



 本棚の隙間に置かれた小さな丸テーブル。俺、マローダ、亀――変な面子。

 マローダは電話帳のような分厚い本を机に広げ時折ページを捲っているが、彼女が読んでいるわけではなく、肩に乗った霊亀が読んでいるのだ。ページめくり係兼、亀の特等席と化したマローダだが、まったく不満はないようで、むしろ、喜んでいるようだった。


「次のページへ」

「はい、霊亀さん」


 そうなると、俺は暇だ。寝てしまおうか。それとも、せっかく図書館に来たんだし本を読もうか……机の隅に積まれた本。全部歴史の本だ。あれは読みたくないなあ。

 といって、読みやすそうな本を探しに行く度胸はない。まず間違いなく迷ってしまうし、マローダに案内してもらうのも悪い。

 うーん……やっぱり寝ようか。それとも頑張って歴史の本を読むか――。

 机の上の本を睨んでいると、一冊だけ、薄い雑誌のような見た目の本が挟まっているのに気づく。あれも歴史の本だろうか? そうだとしても毒にも薬にもならない、どうでもいいコラムなんかが書いてあったら読む気になるんだけど。


「ねえマローダ、その薄いのも歴史の本?」


 亀の顔の動きを夢中で見ていたマローダが俺に向き直る。ごめんね、ちょっと付き合ってね。


「これですか――」


 本の山から起用に一冊だけ抜き取る。

 やはりほかの本とは毛色が違う。光沢のない黒塗りの表紙、青いインクで”ドローエマグ”とだけ書かれている。こう見ると雑誌にも見えないが、他の本よりは読みやすそうだ。


「これは、先ほど本を見繕っていた時に見つけたのですが、ラベルが張られていないので持ってきました」

「ラベル?」

「はい。本を管理するための番号シールみたいなものです。ラベルを張り忘れたのか、誰かが置いていったのか――それは分かりませんが、こういう本がたまに見つかるんです」

「へえ、そうなんだ。ねえ、それ読んでみてもいいかな?」

「はい、問題ありません」


 所属不明の本――逆に興味が沸いた。

 彼女から本を受け取る。

 さて、どんな内容なのか――ワクワクしながら表紙を捲る。

 最初のページ。真っ白な紙の中心に横書きの小さな文字で、


”ドローエマグヘようこそ”


 とだけ書かれている。

 さらにページを捲る。


”モンスターが闊歩する世界”

”その力を借りて生きる人々”


 一ページに一文しか書かれていない。ファンタジー小説だろうか?

 さらにページを捲る。


”あなたには資格がある”

”誰も見たことがない最果て――その彼方にたどり着く資質が”


 なるほど、俺が主人公っていう体だな。子供向けっぽいぞ。


”誘おう――ドローエマグヘ”

”五体の聖なる獣を打倒し――”


 もう最後のページだ。


”世界の真実を解き明かせ”


 ……え、これで終わり? なんだよ、暇つぶしにもならなかったな。

 しっかし、この本は何なんだ。ゲームのチュートリアルみたいだったな――ええと、モンスターがいる世界に行って、五体のボスを倒して、世界の秘密を知ろうって? ありがちだけど燃える設定。嫌いじゃない。

 でも、本は終わってしまった……ああ、これ一巻だったのかな? 二巻から本格的に冒険譚が読めるとか。

 二巻はどこ?


――そんなことを考えていると、急に眠気に襲われる。


 なんだ――? 本当にいきなりだ。もうほとんど目が明かない。頭の芯がしびれて、まともに考えられない……磁気で吸い寄せられるように机に顔を着ける。最後の力を振り絞って、首を動かす。机の向こうのマローダも俺と同じように突っ伏している。

(なんだ――何が起こっている……)

 もう意識が続かない――生ぬるい闇に浸かるような感覚――意識が――――。



 *



 次に目が覚めると――俺は知らない街にいた。

 粘土を塗ったような滑らかな壁の建物、ボコボコした石畳。俺は誰もいない道の真ん中に立っている。


「――あれ……あれっ!?」


 隣には秘書の服を着たままのマローダが立っていた。辺りをキョロキョロと見まわし、驚いている。


「コイド様、これは――?」


 頭を振って答える。俺も同じ気持ちだ。

 心の中で呼びかける。


『ラプラス、何か分かる?』


 しかし、返事はない。普段は煩いくらい喋る癖に、こんな時に限ってどうしたんだろう。


「おい、あんたら――そんなとこで何してんだ」


 突然背後から声が聞こえる。のこぎりのようにザラザラとした声。

 俺とメシアは同時に振り替える。そこには、黒い服を着た男が立っていた。面長の角ばった顔、逆立った髪――不気味な男だった。

 男の吊り上がった目が、容赦なく俺たちを見ている。

 あまり関わりたくない気がするけど、

「あの、ここはどこですか?」


 聞かなければ始まらない。

 すると、男はナイフで裂いたような横長の口を釣り上げて、


「そうか――あんたら初心者だな? クフフフ――俺はツイてんな。まったく、いいところに通りかかったってもんだ」


 不気味に笑うと、嗜虐的な目をこちらに向けた。そして、唾を飛ばしながら、


「お前ら、痛い目にあいたくなきゃ持ってるもんを全部置いてきな――最初の宝石を買うためにいくらか貰ってんだろ? そのお上品な服を売り飛ばした金と合わせりゃ、しばらくうまい酒が飲めるってもんだ――さあ、早くしろ、全部差し出せ」


 宝石とかよく分からないけど、要するに追剥だな。一歩前に出る。男の目をまっすぐ見て、


「断る」


 他に言うことはない。

 怯えているマローダの手を取って男と反対方向に歩き出す。


「待てよクソガキ――」


 無視しよう――と思ったのだが、チラと背後を見て、そうできないことを察する。

 男は橙色の小さな石をピンと弾き飛ばした。

 石はクルクルと回転し落下、地面に触れる寸前、姿が変わる。

 黒光りするヒヅメ、筋肉で膨れた四つの足、胴体は馬だが、本来首がある場所から人間の上半身が生えている。


「なっ――ケンタウルス!?」


 ゴツゴツした人間の上半身の上には、巨大な巻き角の生えたヤギの頭がついている。少しイメージとは違うが、その姿はゲームなんかに出てくるモンスター”ケンタウルス”そのものだった。


”モンスターが闊歩する世界”


 なんとなく、自分がどこにいるのか分かり始めていた。

 まるで信じられないが……。



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