来訪者
「おーて!」
「え、マジ? ……まった!」
「いいけど、一手戻しても四手後でまた詰むよ?」
「なんでそんなこと分かるんだよ」
「だってそうじゃん――」
メシアはマス目の書かれた紙の上に並ぶ厚紙の駒をスッスッと動かして、
「ね?」
と言った。
「な、なるほどね」
「あー分かってないでしよ。でも、私の勝ちだよ。これで三連勝だね」
「ううう……」
ローブアイン公爵に推薦をもらった翌日――予想外にすんなりと推薦が取れてしまい、学校が始まるまでの一か月という長い余白ができてしまった。
そこで、暇をつぶそうと将棋セットを作ってメシアに勝負を挑んでみたのだが、まったく相手にならん――――俺が。
「なんでそんなに強いんだよ。将棋打つの初めてだろ?」
一時間くらい前にルールを教えたばかりだ。
「私強いの? コイドが弱いだけだと思うよ」
「うーん……そうなのかな」
「コイドは普通だよね。魔法王スターウェイ=ランキャスターのくせに魔法は使わないし、しょーぎは弱いし」
酷い言われようだ。でも、その通りだよなあ。
五百年前、世界の半分を手中に収めた魔法都市の王、スターウェイ=ランキャスター。それが俺だなんて全く信じられない。髪の毛が特殊な性質を持っていて高く売れたくらいで、他に変わったところはない。女の子にゲームで負ける魔法王とかカッコ悪すぎる……。
「……悪かったな普通で」
「え? 悪いだなんて言ってないじゃん。私は、そんなコイドが好きだよ」
「す、好き!?」
落ち着け小井戸浩平――三十代のおっさんがこんなことで動揺してどうする!
これはあれだ、おとーさん好きーチューみたいなもんだ。
「うん、大好き。だからもう一回やろ? 今度は晩御飯のおかずを賭けて!」
「…………」
機嫌を取って俺を乗せて、それからカモろう――そういう腹か。
まったく、幼いふりしてとんでもない奴だ。自分のセールスポイントを熟知してやがる。
「い、いや俺はもう……」
「もしコイドが勝ったら、耳かきしてあげよっか。もちろん私の膝枕で」
「マジっ?」
熟知してやがる!
「こらっメシア! あなたは居候も同然なんですから家事を手伝いなさい」
救世主アーネット登場。
洗濯籠を抱えたその姿はまさに良妻って感じだ。最初に会った時の禍々しいローブなんかより、今身に着けているフリルのエプロンのほうが似合ってる。
「アーネ、俺も手伝うよ」
「い、いえ。コイド様はゆっくりしてらしてください――それより、あ、あの」
アーネがどこかよそよそしく近づいてくる。そして、俺の耳のあたりに顔を寄せて、
「こ、コイド様――あの、時間があるときでいいのですが、私もその”しょーぎ”というゲームをやってみたいのですが……」
なんだ、そんなことか。
なるほど、メシアに聞かれたくなかったんだな。
「うん、いいよ。晩御飯の後にでも一局打とうか」
「は、はい!」
元気に返事をすると、アーネはメシアを引っ張ってリビングを出て行った。
*
どうしてこんなことになってしまったのか――
お父様があそこまでいい加減な人だとは思わなかった。いくら事務仕事ができないからといって、まともな判断くらい下せると思っていたのに――いや、今は落胆している場合じゃない。お父様は決定を覆す気はないと言っていた。だから私が確かめなきゃいけない――娘である私が。
奴が用紙に記入していった屋号と同じ家を見つけた。
ドアをノックし、腰に下げた鞘から剣を抜く――、
「はい、どちら――――!?」
ふん。剣を見たくらいで驚いて、なんと情けない男か。
「コイド=コウヘイ――付いて来てもらうぞ。抵抗するようなら切り捨てる――お前の仲間諸共な」
「…………」
こんな男でも私が言わんとする処を理解できたようで表情を引き締めた。私から目を離さず、後ろ手で静かにドアを閉める。
「それで、どこに連れてこうってんだ?」
「来ればわかる――来い」
剣を鞘に戻し、しかし柄に手をかけたまま私は歩き出す。
*
突然家に押しかけてきたローブアイン公爵の娘ロカ=エルサンドラールに連れられて、郊外の何もない広場にやってきた。城壁と雑木林に囲われたような場所で、人影どころか建物すらほとんど見えない。
腰に物騒なものを携えた公爵の娘は五メートルほど離れたところで立ち止まり、俺と向き合った。昨日、屋敷で会ったときは大人っぽくて綺麗な娘だなあ――なんて思ってたけど、今はとてもじゃないが、そんな感想は出てこない。
感情というものを極限まで押し殺した、ガラス玉のような目をしている。
「今日はお前に頼みがあってここまで来た。率直に言おう――ルドラカンドへの推薦を辞退しろ」
前置きもなく、ズバリ言ってよこした。頼みと言いつつ、その文言は完全に命令だ。
「どういうことだ。あんたの父親が決めたことだろう」
「貴様はルドラカンドへの推薦がどのような意味を持つか分かっているのか」
「意味?」
「ふん、話にならん。いいか、貴様が学園で不祥事を起こした場合、その責任はお父様が負うことになる。だというのにお父様ときたら貴様のような、どこの馬の骨とも知れない下郎に推薦を許してしまった。
あれは間違いだ。気を持たせてしまったことは謝ろう。だが、推薦はやれん――辞退してくれ」
おいおい、さすがにこれは……。
「あんた無茶苦茶だぞ! ようするに親子間で意見が食い違ったってことだろ。それなのに、俺に剣を向けて切り捨てるだなんだとぬかしやがって……三つ指ついて頭を下げるってんならまだしも――話にならんってのはこっちのセリフだ!」
「では聞くが、私が頭を下げたところでお前は大人しく従うのか?」
「え? いや、それは――」
「見たことか。交渉においては下手に出たほうが負ける。実力行使こそもっとも優れた方法だ」
あーもう……なんなんだこいつ!
同じクラスにいたら絶対友達になれないタイプだ。何があっても自分の意見を曲げず、目的のためなら礼儀や作法なんて糞食らえってか。きっと誰かにとっては得難い優秀な人種なんだろうけど、俺は気に食わない。
「帰る。お前の頼みは聞けない。理由は自分で考えてくれ。じゃあな――――」
言うべきことはそれ以外になかった。
俺は、ロカに背を向けて、歩き出す――、
「――――まて」
「なっ!?」
最初の一歩目が地面に付くか付かないかのタイミングで、頬に冷たい何かが当たる――それと同時に、目の横に白い光が現れた。
ロカの低く押し殺した声が超至近距離から耳に入ったのは、その後だった。
遅れて気づく――俺が見た光は刃であること、頬から生暖かい血が滴っていること。
冷たいものが背筋をなでる。
驚きと恐怖に紛れて、疑問が襲ってくる。
――俺は何をされたのか、そして何を敵に回してしまったのか……?
冷たい声が俺の首筋に当たる。
「帰ってもらっては困る……見逃すくらいなら居なくなってくれたほうがいい」
「お――お前、なに言って――」
「心配するな、一人では行かせないさ…………お前が消えた理由を聞かれたら面倒だからな」
「てめええぇぇぇ!!」
家で洗濯物でも干してるだろう二人の顔が脳裏をよぎった瞬間、俺の頭は真っ白に染まった。
――気づいた時には右手の拳をおもいっきり振り回していた。
「ふっ――勇敢だな」
瞬時に屈んで俺の攻撃を難なく躱したロカと視線が交錯する。
どういうわけか、その眼は爛々と輝いている。誕生日ケーキの蝋燭を吹き消すときのような、満点の星空を孕んだ双眸――――、
「がっ! ……くふぁ――――あぁ…………」
その理由に気付いたのは、視界が真っ赤に染まった後だった。
痛みはない、苦しみもない。ただ、腹に穴が開いた――という自覚だけはあった。
「お……ま、え――――」
それが、目的をやり遂げたことに起因しているのか、単に殺人中毒者なのかは分からない。
――俺を殺す瞬間、ロカ=エルサンドラールは笑っていた。




