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二人の予定 2



 放課後、俺は誰と話すこともなく学校を出た。本当は早くアーネをマーケットに誘いたかったけど、他人の目がある学校じゃ落ち着いて話せない。だから家に帰ってから誘おうと決めたのだ。

 一人で道を歩きながら、頭の中で予行演習する。

(次の休みなんだけど、一緒にマーケット行かない?)

 うーん……そう言うのが一番シンプルだけど、でもそれってデートに誘ってるみたいじゃないか。俺はただアーネと仲直りしたいから誘うのであって、他意は無いのだ。もっと他にいい文句は無いものか。


「次の休み暇か?」


 無し――そんな偉そうな切り出しあるか。


「買うものがいっぱいあるから荷物持ちを――」


 嘘はよくないだろ。


「デートと言うわけじゃないんだが――」


 意識してるの丸分かりだ……却下。


「ねえコイド、一人で何言ってるの?」

「わっ! ……ビックリした」


 いつからそこにいたのか――気づくとメシアが隣に並んで歩いていた。どうやら考えるのに集中していて視界に入らなかったようだ。

 というか、俺口に出してたのか。恥ずかしい。咳払いして、気を取り直す。


「いや、別に何でもない――それより早いなメシア。アーネは一緒じゃないのか」


 メシアはカバンを後ろ手に持ち、軽い足取りで歩いている。


「それがさあ、一緒に帰ろうかと思ったんだけど、アーネちゃん用事があるみたいで断られちゃった」

「へえ、用事ねぇ」


 意外だった。彼女の交友関係は狭く、何かしらの組織にも入っていないはずだ。それなのに用事か――まるで想像がつかない。何をしてるんだろう、少し気になる。

 隣を見ると、メシアも腑に落ちないようで、空をボンヤリ眺めている。


「あっ――」


 突然メシアが立ち止まる。”あ”のまま口が開いている。

 何事かと様子を伺っていると、彼女は神妙な顔になり俺を見た。


「ねえコイド、アーネちゃんのことどう思う?」

「なんだよ急に」

「いいから答えて。重要なことなんだよ」


 メシアの目は真剣そのもの、お道化たり誤魔化したりできない雰囲気だ。俺も真剣にならざる負えない。


「アーネは家族みたいなもんだ。だから、大切に思ってる」

「家族として――なんだね?」


 なぜか彼女は念を押すように”家族”という言葉を繰り返した。俺は不審に思いつつも首を縦に振る。

 すると、メシアは「そっか」と呟いてからぽつぽつ歩き出した。俺も少し遅れて歩き出す。

 彼女の背中を見つめながら、今のやり取りは何だったんだ――と思った。まだオチがついてないというか、不完全燃焼な気がする。

 質問しようかどうか悩んでいると、彼女の方から喋りだした。


「あのね、アーネちゃんに恋人ができたかもしれない」


 一瞬何を言っているのか分からなかった。恋人? 誰に? ――スポンジが水を吸うように、メシアの言葉の意味が徐々に分かりだす。いつの間にか俺の足は止まっている。息が苦しい。レンズが曇ってしまったかのように視界が狭くなる。

「アーネは家族みたいなもんだ。だから大切に思ってる」さっき俺が言った言葉に偽りはない。間違いなく本心だ。

 しかし、だったらなんで俺は今こんなに辛いのだろう。

 アーネットがどこかの男のものになった――良かったじゃないか。家族として嬉しく思うよ。おめでとう。

(嫌だ――そんなの絶対嫌だ)

 自分が二つに分裂してしまったようだ。酷く気分が悪い。


「コイドがアーネちゃんをどう思ってるか先に知っておきたかったんだ。アーネちゃんに恋人ができたことを教えてからじゃコイドは本心を言わないと思って」


 なるほど、だからあんなこと聞いたんだな。さすがだよメシア、相変わらず頭がいい。言う通り、きっと俺は本当のことを言わなかっただろう。


「でもね、私の考えは間違ってたかもしれない。今のコイドを見てそう思ったの」

「どういうことだ」

「本当はアーネちゃんのことを特別に思ってるんじゃないの? ――ううん、違う。特別に思ってることに今気づいたんじゃないの?」

「…………」


 俺は何も答えられなかった。それどころかまともに考えることもできなかった。

 それから家に帰るまでの記憶が俺には一切ない。どうやってマーケットに誘おうとか、そんなこと考える余裕はどこにもなかった。もうどうにでもなれ――そんな気分だ。



 *


 

 少し前まで私は怒っていました。コイド様とメシアが私に黙って、子供たちと遊んでいたからです。仲間に入れてほしかったというわけじゃありませんが、せめて教えてほしかった。そんな義務はもちろんありませんが、少し位は私の気持ちも考えてほしかった……。

 それから私はコイド様に対して素っ気ない態度をとりました。何度も話しかけてくださったのに、聞こえないふりをしてしまいました。数日が経ち、徐々に怒りも薄れてくると、私は強烈な自己嫌悪に苛まれました。とても酷いことをしてしまった――私は自分の行いを悔いました。

 私は焦りました。気まずい空気を何とかしなければ――コイド様との距離がさらに開いてしまう。それだけは嫌だ。私は素直になることにしました。

 私は考えました。どう謝れば誠意が伝わるか。私の気持ちが伝わるのか――と。

 二日ほど悩み続け、ようやく妙案が浮かびます。

 コイド様はマーケットがお好きなようで、私たちが合宿に行ってる間何度も立ち寄ったのだとコイド様自信が言っていました。

 これがヒントになりました。

 私がコイド様を誘ってマーケットへ出かけます。そして、次々と質問をします「ここはどんな店ですか? おすすめの店を教えてください」と。

 人間誰しも好きな事柄について話しているときは上機嫌になります。

 少々打算的ではありますが、私自身案内してほしいと思っていますし、私も楽しい気分になるはずです。

 そして、お互い楽しい時間を過ごした後、私は満を持して謝罪の言葉を述べるのです。店を回っている間にプレゼントでも買って、渡したりするのもいいでしょう。

 ただ謝罪するより、誠意が伝わるはずです。それどころか、今まで以上に親密になれるのではないでしょうか……。

 ということで、早速コイド様をマーケットに誘うべく、放課後、本校舎に向かいました。

 開けっ放しになっている後ろの扉からコイド様の教室を覗きます。

 まばらに生徒が残っていますが、コイド様の姿は見当たりません。すでに帰ってしまったのでしょうか。

 諦めて帰ろうかと考え始めたとき、一人の生徒が私のいるドアの方に歩いてくるのが見えました。短く切られた鮮やかな金髪が印象的な男性です。

 見覚えがありました。どこで見たのか――と記憶をたどると、すぐに思い当たります。

 

「あ、あの――エイモスさんですよね」


 すれ違う寸前に話しかけてみました。緊張しましたが、今は気にしていられません。早くコイド様に会いたいのです。

 エイモスさんは不思議そうに私を見ています。


「そうだが――どこかで会ったか?」

「いえ、私はコイド様に仕えているアーネットというものです。エイモスさんのことはコイド様から聞きました」

「ああ、なるほど」


 納得してくれたようです。落ち着いた方です。ともすれば気難しそうにも見えますが、口調は丁寧です。


「あの、コイド様がどこにいるか知りませんか? 見当たらないのですが」


 不躾かとも思いましたが、早速質問します。


「ああ、あいつならホームルームが終わるなりそそくさと教室を出て行ったぞ。家に帰ったんじゃないか」

「そうでしたか――」


 むむ――こんな日に限って早く帰ってしまうとは。私は間が悪いのかもしれません。


「ありがとうございましたエイモスさん。それでは、失礼します」


 お礼を言ってその場を離れようと回れ右します。

 しかし、どういうわけか、呼び止められました。

 再び視線を戻すと、エイモスさんは何故かはにかんだような表情になっています。


「ええと――おせっかいかもしれんが、一応俺はあいつの友達だから言わせてくれ。今あいつ結構悩んでてさ、元気無いみたいだったから、気にしてやってくれんか。あんたに言うのも変だが、その――なんだ――――」


 エイモスさんは言葉に詰まって、頭をガリガリと掻きました。

 そんな姿を見て、私は思わず笑ってしまいます。


「――笑うことないだろ」

「すみません。馬鹿にしているわけではないのです。エイモスさんは優しい方なんですね」

「そんなつもりは……あいつには言わんでくれよ」

「ウフフ――ええ。約束します」


 コイド様は素晴らしい友人を持ったのですね。私まで嬉しくなります。


「ところで、コイド様は何故悩んでいるのでしょうか?」


 ひょっとして、コイド様も私との関係を気にして悩んでいるとか――


「どうやら恋人とケンカしたらしい。痴話喧嘩で悩むなんてあいつらしくないがな」

「恋……人……?」

「ああ、ペトリという人だ。本人から聞いてないのか」

「いえ……あ、あの失礼します」

「え――」


 私は走ります。

 走る理由も行先もありません。

 息が苦しい――眩暈がするようです。

 はっきりとはしませんが、走り出す前から苦しかったような気がします。

 どうしましょう――コイド様に恋人がいました……。 


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