聖地奪還戦 5
工場が静かになった。
狙撃ポイントから中に移動する。戦場に立っているのは四人だけ、全て味方だ。メシアの作戦は無事成功したらしい。倒れている敵を数えると、全部で九人。十対九で数的には自軍が有利な戦いだったが、戦力差を考えれば、大して差は無かっただろう。だというのに、半分を残して勝つとは我ながら大したものだ。
さあ残る敵はただ一人、最奥部にいるであろう敵のリーダーのみ。こちらは五人もいる、まず勝てる。それでも俺たちは喜ばず、油断せず、慎重に進む。全員がそれだけ真剣なのだ。
そして、最後の扉にたどり着く。戦いの終わりは扉の向こうにある――そう思うと、さらに気が引き締まる。
「いくぞ」
ブラックがドアの取っ手に手をかけ、銘々の顔を見る。
ツヴァイが無言で頷き、ホワイトが拳を突き上げ、俺はただ見つめ返し、メシアは欠伸をしている。
思わずツッコむ。
「お前ね……緊張感を持ちなさいよ」
涙目でポケーッとした表情のメシアが俺を見る。
「――結果が見えた勝負ほど詰まらないものは無いと思うの」
ああ――いるよな。散々ダダこねて買ってもらった玩具を一瞬で飽きて投げ出す子供。その性格のまま成長したような奴……メシアはそういうタイプだ。ほっとこう。
待ってくれていたレッドに目配せする「どうぞ」と。
レッドがドアに向き直る。両手でゆっくりと押していく。
――キキィ――
ここに来たのは二回目だ。最初に来たときは、戦いの最中だった。全く気の抜けない状況だった。でも、今日は余裕がある。すでに局面は落としどころを決めるための消化試合でしかない。俺の出番はないだろう。扉が開き切る前、俺はそんなことを考えていた。
だからだろう。
扉が開かれ、中の様子が見える。敵のリーダーであろう坊ちゃんヘアーの男の前に、ローブを着た人物が立っている。
俺は動揺してしまった。
ローブの人物は誰なんだ。なぜ敵のリーダーは一人じゃない――情報と違う、敵が十一人になっている。
他の四人も状況に戸惑っているようで、固まっている。
一瞬の静寂――それを破って口を開いたのはローブの人物だった。
「ここまで来たことは褒めてあげます。しかし、あなたたちはお終いです。用心棒である私が全員地獄に送ってあげましょう」
新手が現れるとは――たった一人で五人を相手にしようというのだ。用心棒は腕に覚えがあるのだろう。俺たちは勝つことができるのか。こんな展開になるとは夢にも思わなかった……。
しかし、俺は負けない。敵がどれだけ強くても、絶対勝ってみせる!
――なんて、熱い展開にはならない。
「なにやってんのアーネ……変な恰好と口調で」
「な……なぜバレたんですか」
「声聞けばすぐ分かるって」
「そ、そうなんですか!? 私の声を聞き分けてくださるなんて……嬉しいです」
なにを言うとるんだ。子供もいるってのに。きっと顔を赤くして、例の危ない顔をしてるんだろうな――フード被っていてくれて良かった。
「し、しかし。私は戦います。仲間外れにされた憂さ晴らしです――覚悟してくださいよコイド様、メシア、子供たち!」
用心棒もといアーネがローブの下から手を出す。パチンコを持っている。やる気だ――というか、そんな理由だったんかい。いつバレたんだろう。
何はともあれ、戦うしかないのか。と、覚悟を決めかけていたとき、アーネの後ろで黙っていた敵のリーダーがぽっちゃりした体を揺らして前に出た。
「どうしたんですかリーダー。危ないですから下がっていてください」
「…………」
不審そうに言うアーネ。しかし、敵のリーダーはそれを無視して、意外な行動に出た。
ズザザと砂に膝をつき、地面に手を付いた。それから、力ない声で言った。
「投降しよう。負けを認める」
あまりにも潔い態度だった。常に冷静なレッドすら驚いた表情をしている。抵抗されるだろうと覚悟していたが、まるで裏切られてしまった。
「リーダー何を言っているのですか? まだ私がいるじゃないですか。用心棒ですよ? まだ何もしてないですよ?」
なぜかアーネが一番動揺していた。
リーダー氏は諭すように、
「もういいんだ用心棒殿――我が軍に加担してくれてありがとう。嬉しく思っている。しかし、今や我々の負けは明らか。望みは無い。
ならば、私は潔く投降しようと思うのだ。それが、みすみす兵を失ってしまった愚かな男のせめてもの償いだ――どうか分かってくれ」
思わず感心してしまう。それは、俺だけじゃないようだ。隣にいるレッドやツヴァイも、神妙な顔で頷いている。賞賛の証。素晴らしい――男として生まれたならかく在りたい。リーダー氏の態度はそう思わせてくれた。
「い、いえ、ですから、私が戦えば勝てるかもしれないじゃないですか。まだ負けてませんよ――聞いてますか?」
――しかし、あろうことかアーネは食い下がった。この素晴らしい場面で、である。
きっと彼女も俺を見ているだろうとメシアの方を見る。やはり目が合った。アイコンタクトを交わすまでもなく、俺たちは行動に出る。
「リーダー、私こう見えても強いんです。自立行動型魔道兵器を倒したこともあるんですよ? だから、戦わせてください。絶対勝ちますから――」
俺が右、メシアが左、さらに食い下がろうとするアーネの脇から手を回す。
「な? 何をするんですか二人とも――待ってください、まだ話が――――」
「アーネ、君は今ズレている。大人しくしたまえ」
「アーネちゃん。空気を読まないと友達できないよ」
「何を言って……待ってください――待って――――」
暴れるアーネを引きずって廃工場を出た。あとはレッドたちに任せよう。
*
高等部の三人が居なくなった部屋。レッドが言う。
「顔を上げてくれ――あなたの誠意は伝わった」
リーダーは少し間をおいて、ゆっくりと立ち上がり、
「ありがとう。もう二度と聖地に手を出さないと誓う。当たり前だがね――」
自重して小さく笑う。
「何を言っているんだ? あなたは勘違いをしている」
「――? 何の話だ」
レッドの言葉の真意が分からず、リーダーが聞き返す。
フフフ――とクールな笑みを浮かべたツヴァイが先を続ける。
「俺たちは戦争ごっこをしてるんだぜ? 何度撃たれても戦いが終われば生き返る。何度争ったって戦いが終われば同じ学校に通う生徒に戻る。そうだろ、リーダーさんよ」
「それは――」
「ここは俺たち皆の聖地だ。男も女も上級生も下級生も関係ない――」
最後に、ホワイトの心底楽し気な笑顔が締めくくる。
「また遊ぼーねリーダーさん!」
「君たち……」
リーダーは三人から背を向けた。
そして――小刻みに上下する肩が落ち着いてから小さく言うのだった。
「ありがとう――新たな友たち」
暖かな雰囲気に包まれて――聖地奪還戦は幕を下ろした。
*
――それから数年後。
廃工場は老朽化のため取り壊されることになる。しかし、工場が無くなってしまう直前まで子供たちの楽しげな声は絶えなかったそうだ。
ちなみに”軍師アインと死神のブラック”は、伝説として子供たちの間で語り継がれた。当の本人たちは知るよしもないが――――。




