ローブアイン公爵
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エレドペリ王国は六つの地域に分かれている。エレドペリ王都を囲むように、五つの公爵領地が点在しており、それらを線で繋いだ内側がすべてエレドペリ王国の陣地なのだそうだ。ちなみに、一番近い公爵領地でも、王都から馬を走らせて三日はかかるらしい。領土内には大小合わせて千以上の村や町があるってんだから驚きだ。
俺たちがいる――つまり、アーネの実家があるのは、公爵領地の一つローブアインという地域だ。優秀な騎士を輩出し続ける武の総本山。あらゆる金属がたどり着く錬鉄の町。そんな触れ込みで説明された。軽く外を見て回った感じ、ここが王都だと言われても疑わないほど大きな町だった。
「これがエルサンドラール家の屋敷……でっけえな」
屋敷というより城だな、うん。
背の高い柵の向こうに芝生が広がっていて、建物は遥か向こうにある。玄関らしい巨大な扉の前に立っている鎧の二人がぼやけて見えるほど遠い。さすがはこの町の所有者、ローブアイン公爵の屋敷って感じだ。
「アーネ、メシア、帰ろう。場違いにもほどがある」
俺に向けられる冷めた視線――いや、仕方ないだろ。一般人の俺がこんなところで何をしろってんだ。追い返されるのが関の山だ。
「しかし、コイド様。この近辺に他の貴族はいないので、行くしかないかと」
「他の町に行こう、な? それなら他の貴族がいるだろ」
「コイド――きっとどこに行っても同じだよ。また”帰ろう”とか言い出すに決まってる」
「メシア! コイド様を侮辱するつもりか」
「じゃあアーネちゃんはコイドがまた逃げ出さないって言い切れるの?」
「そんなこと…………当たり前です!」
「だってさ、コイド。アーネちゃんも私と同じ意見だよ」
「君たちねえ……」
人をヘタレみたいに言いやがって!
なんて、屋敷の前でガヤガヤやっていると、向こうから二頭の馬に引かれた馬車が近づいてきた。漆塗りのお椀みたいな黒いボディで、明らかに高級な馬車だ。きっと屋敷に行くんだろう。
俺たちは路肩に避けて、なんとなく羨ましそうにそれを見つめていたのだが、馬車は通り過ぎることなく、俺たちの前で止まった。
そして、中からブラウンの高そうなスーツを着た男が現れた。
「君たち、屋敷に用があるのかい?」
口ひげを蓄えた細身のおじさんだ。四十代くらいかな。黙ってたらちょっと迫力があるかもしれないけど、えらくフランクに話しかけてきた。
関係者と見た!
「はい、公爵にお願いがあって来ました。でも入りづらくて」
「なるほど――私にも分かるよ。この屋敷は無駄に厳めしくていけない。柵なんか取っ払って公園として皆に開放したらいいんだ。ね?」
「は、はあ」
不思議な人だった。相手がお道化ているからといって、それに乗っかる気になれない。そうしてしまったら、危ない――理由はわからないけど、俺の頭はそう確信している。なんとも表現できない雰囲気を持った人だ。
「そっちのお嬢さん方も君の仲間かい?」
「はい、そうですけど」
「よし、では行こうか」
「は?」
話の流れが分からずポカンとしていると、スーツの男は「当然だろ」と言わんばかりの口ぶりで、
「屋敷に案内するよ。用事があるんだろ?」
と言った。
*
私ロカ=エルサンドラールは、その日も父の書斎に入り浸っていた。
私の父は、王国内で名の知れ渡った貴族であり逸話や武勇伝には事欠かない人物だったりするのだが、いざ椅子に座って机に向かうと、てんでダメなのだ。そのくせ秘書を雇いたがらない。結果私が秘書のような――いや、もはや領主としての仕事をやっているのだ。
「なあロカ、これにもハンコでいいのか?」
「私に聞かないでください。それは、領主に許可を求める書類なんですよ? お父様が自分で考えてハンコを押さなければなりません」
「うーむ……では、押そう」
はあ……わざとらしく私の顔を見て言うんだから。
「そういえばお父様――今年の冬は暖かかったので、どこの土地でも作物がよく育ったそうですね。わざわざフィラカルティから仕入れずとも、しばらくは大丈夫かもしれません」
「なるほど、ということは、これにはハンコを押すべきでない――ということだな?」
「お好きにしてください。私は世間話をしただけです」
領主の娘だからといって、国のことを勝手に決てしまっては国民に申し訳が立たない。なので、回りくどく、助言にもならないよう気を使って指示を出さなければならないのだ。
気疲れして仕方ないのだが、それも今月いっぱいだと思うと、もう少し頑張ろうという気にもなる。
私は、領土を立つ――ルドラカンドへの入学が決まっているのだ。
この父である。私がいなくなったら国が傾く可能性すらある。しかし、ルドラカンドへの入学はエレドペリ王からの指示なので断るわけにはいかない。
なので、私はこのところ頻りに書斎に通い、いつも以上に指示出しに精を出しているというわけだ。
きな臭い客人がやってきたのは、そんな頃だった。
「やあルーク! 久しぶりじゃないか」
ノックもせずに書斎に現れたのは、細身の紳士だった。
「おお、アニスじゃないか。これは驚いた」
父はとっとと書類を投げ出し、男と抱擁を交わした。
来訪者の名はアニス=ハーディライト。またの名をカタードス公爵という。
父と同等の爵位を持ち、それに加え昔からの知り合いらしく二人は気安い仲だ。私も祭りごとや祝いの席で何度か挨拶をしたことがある。
「ロカちゃんも久しぶりだね。いやあ、綺麗になった――それに、武勲の数々も耳に入っているよ」
私は首だけで挨拶を返す。軽薄で鼻持ちならないこの男が私は昔から苦手なのだ。
「結婚相手には困らないだろう。気が気でないんじゃないか? ルーク」
「優秀な娘だが、そういうのには向かんよ。女らしくなったのは体だけで――」
「お父様!」
「――――ほらな」
まったく、仲がいいのは結構だけど娘を話のタネにしないでほしい。
それに、私が恋の一つもできないのは情けないお父様のせいだ。もっと自由な時間があれば、私だって……。
「ちょうど仕事が一段落ついたところだ、食事にしよう。アニスが来たんだ――酒も出してもらおう」
お父様、仕事は山と残っていますが?
「いや、その前に話があるんだ。とりあえず聞いてくれないかルーク」
嫌な予感がする――。
私が警戒していると、アニスはドアを開け、外に向かって何か呟いた。
すると、見慣れない三人が書斎に入ってきた。
「屋敷の前で会ったんだ。どうやらローブアイン公爵に用があるみたいだよ」
「ほう、そうかね――私がローブアインだ」
父が挨拶すると、三人はおずおずと頭を下げた。緊張しているみたいだ。
三人とも若い、たぶん私と同じくらいだろう。
二人の少女を従わせるように前に立っているのは――たぶん男だ。どこかボケっとした表情だが、顔自体は恐ろしく綺麗だ。それ以外に、特に変わったところはない。
「さあ、話しなさい」
「は、はあ」
その男が、アニスに促されて一歩前に出た。栗色の髪の少女と、若干目つきの鋭いもう一人の少女は、それを心配そうに見つめていた。
「あの、俺はコイドコウヘイといいます。お願いがあってきました」
「いいだろう。聞かせてくれ」
お父様、もう少し警戒してください。どこの誰とも知れない相手ですよ。
「はい――お願いというのは、俺たち三人をルドラカンド学園に推薦してほしいんです」
「は!?」
しまった……思わず声が出てしまった。
でも、仕方ないだろう。自分の身分も明かさないような連中が推薦をくれというのだ――厚かましいにもほどがある。
さすがのお父様だって――――
「そうかね。分かった――三人とも推薦しておこう」
「お父様!」
もうイヤ……。




