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急な休日 2



「ニャーニャー」


 可愛らしい鳴き声が聞こえてきた。気づくと、俺の足は路地の方に向いていてた。


「チッ、チッ――ほら、おいで」


 ゴミバケツの上で毛づくろいしていた黒猫にダメもとで声をかけてみた。すると、いとも簡単に近づいてきた。ずいぶん人に慣れてるみたいだ。

 しゃがんで猫の顔の前に手を出してみる。

(うお、舐められた! ザラザラするぅ――)

 

「そうだ、いいものがあった」


 喫茶店でもらったクッキーを一かけら地面に置いてみる。


「ニャー」

「おお、食べた」


 黒猫はガリガリと小気味いい音を立てながらクッキーを平らげる。


「いい食べっぷりだ。さあ、もっと食べて」


 上機嫌で二かけら目を袋から取り出す。

 と、そのとき、


「君、野良猫に餌をあげちゃだめだよ。居付かれたら困るだろう」


 いつの間にか背後に男がいた。黒いスーツにシルクハット、整った口髭――お金持ちのおじさんって感じだ。


「す、すみません。猫があまりにも可愛いもんでつい」

「ふんっ、気を付けたまえ――まったく、こんな得体のしれない男から餌をもらいおって、そんなものを食べたら太ってしまうぞ、ミケ」

「――ミケ?」

「はっ――」


 おじさんが急に汗をかき始めた。ポケットから白いハンカチを取り出す。

 そのとき、ハンカチと一緒に何かがポロッと落ちた。

 

「何か落ちましたけど――」

「――!」


 おじさんは落っことした物をすごい速さで拾って、手の中に隠した。

 でも、俺はバッチリ見てしまった。


「今の煮干しですよね」

「何の話かな」


 俺の中で全ての糸が繋がった――謎はすべて解けた!


「妙に人懐っこい猫だと思っていましたが、そういうことでしたか――あなたは、ポケットに隠した煮干しを使って、猫に餌付けしていた。しかも、名前まで付けてしまうほどの可愛がっている。まさに猫っ可愛がりですね!」

「う、うるさい。だったらどうしたというんだ。別にいいだろう」

「ええ、開き直るんですか!? 俺には餌をやるなとか言ったくせに」

「当たり前だ、ミケは私の友人なんだ」

「なんすかそれ……」


 おじさんがミケに近寄って、ポケットから取り出した煮干しを差し出す。


「ほらミケーいつものお魚だよーお前、これがすきだろ? ほら、ほら」


 どうでもいいけど、黒猫にミケっていう名前はどうだろう。


「ニャー」

「……お、おいミケ――」


 おじさんが酷く狼狽えた。

 ニケがおじさんの煮干しを無視して俺の足に絡みついてきたのだ。


「ニャーニャー」


 か、可愛い……!

 なんという破壊力。


「もっとクッキー食べる? ほら」


 クッキーを見せると、ミケは前足をクイクイとやって催促した。


「そうか、ほしいんだね。じゃああげよう――――……」


 そのとき、おじさんの顔を見てしまった。

 自分に置き換えて考えてみよう。どんな不幸があれば、あそこまで壮絶な表情になるだろう。

(だめだ、俺の想像を超えている。もはや狂気!)

 強烈な罪悪感に襲われ、クッキーを引っ込める。


「あの、おじさん……ごめんね。悪気はなかったんだ――よかったら、おじさんがクッキーあげてよ。これ全部あげるから」

「――い、いやしかし」

「何も言わないで受け取って。きっとミケも喜ぶよ。はい」


 呆然とするおじさんの手にクッキーが入った紙袋を持たせる。

 すると、ミケが今度はおじさんの足に絡みつく。

 若干顔色が良くなったおじさんが、クッキーを地面に置く。ミケが間髪おかずにそれを食べ始めた。


「ミケ……ああ、私の友達」


 おじさんもミケも満足そうだ。


「君、ありがとう。さっきは注意したりしてすまなかったね」


 照れくさそうに言うおじさん。

 俺は、いえいえと頭を振った。



 *



「ああ、可愛かったなーミケ」


 鈴のような鳴き声を思い出しながら、人が少なくなった通りを歩く。

 もう夕方だ――そろそろ帰ろうかな。


「キャッ――!」


 突然短い悲鳴が聞こえた。

 何事かと思い、その方に行ってみる。

 まだ明りの付いた建物の前に、色とりどりの花が並んでいる。花屋さんだ。

 店に入ると、うずくまっている人が見えた。髪をポニーテールにして、エプロンを身に着けたおねーさんだ。きっと店員だろう。

 そのおねーさんの周りに、大量のバラと大きなバケツが一つ落ちている。それに床が水浸しだ。何となく状況が分かってきた。


「あの、大丈夫ですか? トゲ刺さっちゃったんですか」


 おねーさんが顔を上げる。涙目だ。


「あなたは?」

「通りがかりの学生です」


 キリッ――とかやってる場合じゃない。


「それより、手を見せてください」

「は、はい」


 おねーさんの右手は真っ赤だった。ドット柄みたいに、小さな刺し傷がいっぱいできている。幸いトゲは残ってないみたいだけど、酷い状況だ。

 

「痛いかもしれませんけど、ジッとしててくださいね」


 おねーさんは俺を不思議そうな目で見ていた。まあ、そうだよな。何者だってはなしだよな。

 それはともかく、ポケットから白いハンカチを取り出して、傷にあてる。


「あっ、ハンカチが汚れちゃうわ」

「気にしないでください。それより、お医者さんはまだやってますかね? 一応見てもらった方がいいと思います」

「やってると思いますけど、お店が――」

「俺が見ておきますよ。ああ、安心してください。俺はルドラカンドの生徒なので、バレちゃうから悪いことはできません」

「いえ、そんな心配はしていませんけど」

「そうですか。なら、お医者さんに行ってください。ね?」

「は、はい。あの――ありがとうございます」


――ということで、おねーさんは病院に行った。

 俺は一息つく。

(ふう、これで大丈夫だろう。でも、ハンカチあげちゃったなあ)

 惜しいというわけじゃないが、何となく寂しい。

 クッキーのお礼にと、おじさんがくれた白いハンカチ。

 ちょっとした思い出が詰まったものだ。

 でも、ああしなきゃ手が血まみれになって病院に行くどころじゃなかっただろうし、仕方ないよね。


「うん」


 俺は一人で頷き、バラを拾い始める。



――おねーさんは手に包帯を巻いて帰ってきた。大したケガじゃないし、傷も残らないそうだ。よかった。

 俺が勝手にやったのに、おねーさんにすごく感謝されてしまった。でも、そうだよなぁ――逆の立場だったら俺だって感謝しまくるはずだ。

 でも、仕方ないよね。大体の人助けなんて、反射神経なんだから。でも、気を付けよう。


「学生さん、本当にありがとうございましたあの、ちょっと待っててください――」


 帰り際のことだった。

 おねーさんは何度目かわからないお礼の言葉を言ってから、慌ただしく店の奥に走っていった。

 そして、すぐに戻ってくる。無事な方の手で大きな花束を抱えている。


「これ、せめてものお礼です。良かったらもらってください」 

「おお、綺麗」


 名前は分からないけど、いろんな種類の花がブーケの中から顔をのぞかせている。花なんてロクに見たことない俺でも、息をのむほど綺麗だ。


「悪いですよ。こんなのもらえません」

「いえそんな――ハンカチをダメにしてしまいましたし、店の片づけや、閉店の手伝いまでしてもらっちゃって――本当に助かったんです。なので、ぜひ」


 凄く真剣な顔で言われてしまった。

 

「で、では有り難く――大事にしますね」

「はい!」


 こうして、俺は花屋を後にした。

 両手で大きな花束を抱えている。



 *



 すっかり夜だ。

 丁度、マーケット通りの終わりまで来ていた。いい加減帰ろう。


「あれ、コイド様……?」


 聞き覚えのある声――辺りを見回す。

 すると、少し離れた所にある城門の前に、二人の女の子が立っていた。


「アーネ――メシア!?」


 二人のうち、ちっこい方が駆け寄ってくる。


「コイド、久しぶり! どうしてここにいるの?」

「それはこっちのセリフだよ。合宿から帰ってくるのは三日後じゃなかったか?」


 少し目つきの鋭い、黒髪の少女も歩いてくる。

 そして、申訳なさそうに言う。


「学園で事件があったそうで、帰りが早まったんです。私は連絡しようとしたのですが――」

「黙って早く帰ったら驚くかなって。でも、驚かす前に会っちゃったね」


 メシアがニシシと歯を見せて笑う。なるほど、悪戯だったのね。


「いや、十分驚いたよ。取りあえず、お帰り、お疲れさま」


 俺が労いの言葉を言うと、アーネがもじもじし始めた。


「あのコイド様、私一か月も会えなくて――すごく寂しかったので、その――」


 何か言いかけていたが、


「ねえねえコイド、その花束は何?」

「……」


 メシアに横やりを入れられてアーネがブスッとした顔になった。


「ひょっとして、私たちのために? ――でも、今日帰ってくるの知らなかったんだからそれは無いか」


 俺は少し迷ったけど、二人に花束を渡した。

 二人が花束をのぞき込んで歓声を上げる。女の子らしい反応だ。

 俺は、それを見て、とても満足した。


「実はね、その花束はリンゴ飴からできてるんだ」

「ん? ――何言ってんの?」

「コイド様、それはどういう」


 キョトンとする二人。

 思わず笑ってしまう。俺は何言ってんだろう――でも、本当なんだよ。


「さあ家に帰ろう。歩きながら説明するよ。題してリンゴ飴長者の話」


 変な一日だった。

 あげて、もらって――最後には何もなくなった。

 でも、いっぱい思い出ができた。少し早く二人が帰ってきた。

(こんなに充実した休日は、きっと、もう一生無い)

 二人に今日の話を聞かせながら、俺はそんなことを思った。


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