急な休日 1
事件が終わって、ルドラカンド学園に平和が戻ってきた。
「すみません、リンゴ飴一つください」
「はいよ、ありがとね」
露店のおばちゃんから棒に刺さったリンゴ飴を受け取る。
向こうの世界と全く同じだ。なんだか懐かしいなあ――子供の頃、お祭りで買ってもらったっけ。上手く食べないと飴が歯茎に刺さって酷い目にあうんだよなあ。
なんて懐かしさに浸りつつ歩き出す。
マーケット通りはとても賑やかだ。
今日は平日なのだが、校舎の修繕やら事件の事後処理なんかで学校は休みになった。学校が始まって、まだ一月しか経ってないのに色々起こりすぎている。まったく、俺は普通の学園生活を送りたいだけなのに、困ったものだ。まあ、俺が原因で起こった事件もある気がするけど――この際気にしないでおこう。
というわけで、予定もなくぽっかり空いてしまった休日を使ってマーケットに遊びに来たというわけだ。本当はエイモスくんを誘いたかったけど、自治会の仕事が忙しすぎて寝る時間も危ういらしいので、止めておいた。残念ではあるけど、一人でぶらぶらするのも結構楽しい。
「…………」
フラフラと歩いていたら、六歳くらいの男の子と目が合った。
(なんだ? メッチャ見られてる)
好奇心の宿った純粋な瞳が俺をロックオンしている。
思わず足を止める。何か言いたいのかな。それとも――、
ここでようやく思い出す。買ったまま一口もかじらず持っていたリンゴ飴のことを。
「これ――欲しいの?」
おずおずと聞いてみると、少年はコクンと大きく頷いた。
ちょっと迷った。でも、思い出に浸れたし満足かな――と思ったので、あげることにした。
「どうぞ」
「ありがと!」
男の子はリンゴ飴をペロッと舐める。
「美味しい?」
「うん!」
すごく嬉しそうだ!
な、なんだこれ、俺も嬉しいんだが――?
と、妙な快感を感じていると、男の子が飴を舐めながら短パンのポケットに手を突っ込んだ。
そして、握ったその手を俺の方に突き出す。
「手を出して」
「こう?」
掌を上にして、言われた通り手を出す。
男の子がパッと手を開く――と、俺の掌に青みがかった透明のビー玉が落ちてきた。
「ひょっとして、くれるの?」
「うん! お返し」
「そっか――ありがとう」
お礼を言うと、男の子はまたコクンと頷いて走っていった。
「リンゴ飴がビー玉になった」
別にビー玉が欲しかったわけじゃないけど、なんだか得した気分だった。
*
何となく喫茶店に入ってみた。
カウンター席に座ってコーヒーを注文する。
いい店だなあ――ちょっと暗くて、安っぽい小物なんかが並んでるあたり、分かってらっしゃる。カウンターの向こうの調理場に立つのが、白髭のナイスミドルというのも素晴らしい。
こういう店って少なくなったよなあ。ファーストフード店やチェーンのコーヒーショップが増えたからだろうけど、昔ながらの喫茶店が好きな俺としては悲しい話だ。
まあ、異世界に来ちゃったから関係ないんだけどね。
「困りましたね――」
「す、すみません!」
おや? 何やらお困りのようだ。
白髭のマスターにメイドの女の子がペコペコ頭を下げてる。
なんか可哀想だなあ。
「あの――」
「あ、すみませんお客さん。うるさくしてしまって」
「いえ、それよりどうしたんですか?」
マスターは困った顔をした。
「いやはや、それがですね――この子が酒瓶のコルクを間違って捨ててしまったみたいで」
「外して置いてあったのでゴミかと思って――本当にすみません!」
「シェイカーに酒を注いだまま、栓を忘れていた私が良くなかった。君が謝る必要はないよ」
「い、いえ――そんな……」
なるほど、そういうことか。
調理台の上に口の窄まったどこにでもある瓶が置かれている。なるほど、あの瓶のコルクを捨てちゃったんだな。
どうにかしてあげたいな――ううん。
――そうだ!
「あの、これ、コルクの代わりに使えませんか?」
「これは、ビー玉?」
「丁度いい大きさに見えます。ガラスなのでちゃんと洗えば衛生的にも大丈夫かと」
「――なるほど」
ビー玉を渡す。
マスターは恐縮しつつ、ビー玉を綺麗に洗って、ゆっくりと瓶の口に乗っける。
ビー玉は瓶の口に四割くらい沈んだところで止まった。
あまりにもピッタリだったので、メイドを含めた三人で「おお――」と歓声を上げてしまった。
「そのビー玉差し上げますから使ってください」
「いいんですか?」
もらったビー玉だけど、役に立つならあげちゃっていいだろう。物より思い出ってね――男の子の笑顔はずっと忘れないだろうし、それで十分だ。
些細なことだけど、いいことをした――と思う。
俺は、ちょっと誇らしい気分で運ばれてきたコーヒーを飲んだ。
「あの――」
帰り際、メイドさんに呼び止められた。
「これ、マスターからです」
といって、紙袋を手渡される。
「なんですかこれ?」
「この店で作っているクッキーです。ビー玉のお礼にと」
「そんな、悪いよ」
「いえ、ぜひもらってください。本当にありがとうございました。助かりました」
「――そう?」
逆に申し訳ないなあ。と思いながら、チラッとカウンターの方を見ると、マスターが優しく微笑みつつ頭を下げた。
俺は紙袋を受け取って店を出た。必ずまた来よう――。お気に入りの店ができた。
「リンゴ飴がビー玉になって、ビー玉がクッキーになった――」
さて、次はどこに行こうかな。




