独裁のエアディシルク 13
緊張するなあ。
お見舞いなんて柄じゃないし、何を話せばいいやら。
(いや、しっかりしろ俺)
深呼吸を一つ――それから病室の個室のドアを開く。
「よお」
窓際に置かれたベッドの上で体を起こして窓の外を眺めていたノームが俺に視線を向ける。
「れ、レター!?」
驚いているようだった。
アタフタと髪を整えてみたり、パジャマの上に羽織ったカーディガンの皺を伸ばしてみたり、一人で大暴れだ。
「おいおい……病み上がりなんだから大人しくしてろって。来ない方がよかったか?」
「違うの! お見舞いに来てくれた最初の人がレターだなんて、凄く嬉しい。でも、私、治療とか検査とかでロクにお風呂も入れてなくて、髪だってぼさぼさだし、お化粧もしてないし……」
「そんなこと気にるるなよ。俺は、お前が六歳までおねしょしてたことを知ってるんだぜ? なんならもっと恥ずかしいエピソードも――」
「お願い、やめて!」
ノームが手で顔を隠してイヤイヤする。
元気そうだ――少し安心する。
俺はベッドわきの椅子に腰かけつつ、
「いつ退院できるんだ? 見たところ異常はなさそうだけど」
「――ふえ? ああ、うん。あと一週間くらい検査入院しなきゃいけないみたいだけど、念のためってことらしいから、特に問題ないみたい」
「そっか――」
「レターは大丈夫? どっか変じゃない?」
「俺か?」
答えに詰まる。
俺にはここ数週間分の記憶がない。
学園を混乱に陥れた”吸血鬼事件”が解決したタイミングで、旧校舎で気を失っているのを発見されたらしい。
必死に思い出そうとしても、やはり何も思い出せない。
俺はいったい何をしていたのか、どうやって生きていたのか――全ては謎であり、手掛かりもない。
「俺は何ともないよ。相変わらず何も思い出せないけどさ――ええと、そのことなんだけど……」
「なに?」
事件から数日たち、自分の記憶喪失について、ようやく客観的に考えられるようになってきた。
分からないなりに、思いついたことがある。
聞くだけで恥ずかしいのだが、しかし、このままにしておく訳にはいかない。
「俺は行方不明だったんだろ? その、な――お前は俺を探したんじゃないかなと、思ってさ」
我ながら傲慢な質問だ――でも、俺はノーム=ラッカーという人間をよく知っている。
純粋で面倒見がよくて、心配性で思い込みが激しい――。
聞かずにはいられなかった。彼女を知っているからこそ、有耶無耶にしてはいけないと思ったのだ。
ノームはハッと驚いた顔をして、何か言おうと口をパクパクさせたが、結局お道化て笑った。
「レターを探してほしいって、自治会の人に頼んだんだ。だって、町には吸血鬼が居て危ないから、自分で探すわけにはいかないでしょ? あのリード=ティラムントに直接話したのよ? すっごく緊張したんだから。感謝してよね」
「――そっか」
嘘だ――根拠はないけど、彼女は嘘をついている。
危険と分かりつつ俺を探し回ったんだろう。
ノームは俺に気を使っているんだ。本当のことを言えば、俺が責任を感じると考えたんだろう。優しい嘘だ。
だから、俺は指摘したりしない。
「なあ、ノーム……折り入って相談があるんだが――」
なに? ――と首を傾げるノームを見つめる。
気恥ずかしさで顔が赤くなるが、もう尻込みはしない。
「えっとな、もしよかったら、なんだが――俺たち付き合わないか? お前のことが好きなんだ」
俺はノームに、ずっと劣等感を抱いていた。
彼女に優しくされるたび、自分が小さく見えて嫌だった。
だから遠ざけた――これ以上与えられたら、俺は潰れてしまうと思ったのだ。
でも、それは言い訳だったんだ。今回の件で俺はようやく気付いた。
――俺は、ノームと釣り合う男になりたかっただけなんだ――
ずっと抱えていた強烈な劣等感――それは、そのまま彼女への愛に置き換わる。そのことに気づいてしまった。
まったく――俺はどんだけノームが好きなんだ。
だったら、遠ざけてるばあいじゃないだろ――もっと努力しろよ。無い頭使って、必死で考えて、少しでも彼女と釣り合うように足掻けよ!
そういう悶々とした感情が俺に告白させたのだ。
*
「――ふえぇぇ」
「お、おい……どうして泣くんだよ」
私のも分かんないの……でも、嬉しくて泣いてるんだよ。それだけは分かる。
ああ恥ずかしい。ただでさえ、みっともない顔がもっと酷くなっちゃう。
でも、そんなこと気にしてる場合じゃないわよね。
まさかもう一度チャンスをもらえるなんて思わなかった。
言いそびれてしまった告白の返事――。
「あのね……私もレターのことが好きだよ。初めて会った時から、ずっと好きだった」
「そ、そうか」
よかった――やっと言えた。
嬉しさと安心とドキドキがない交ぜになって滅茶苦茶だ。色々あったけど、こんな嬉しいことが待ってるなんて……。
私は、馬鹿になってしまったみたいだ。記憶を失ったリードに対して、事件の記憶がある私はどう接したらいいだろうか――と、散々考えていたはずなのに、みんな忘れてしまった。
レターが好き。
今私の中にはそんな感情しかない。
「なんだか大変そうだから、今日は帰るよ」
「ええ! なんで? もうちょっと居てもいいじゃない……」
彼が急に席を立つ。
私は思わず甘えた声を出してしまう。
あれ……私こんなキャラだっけ。だ、だめだ――完全に浮かれてるわ。
私が自分自身に戸惑っていると、
「キャッ――えっ、えっ!?」
「う、うるさい」
レターが私を抱きしめた。
彼の肩越しに向こうの壁が見える。
上半身にギュッと強く体温が押し付けられ、次の瞬間遠のく。短い抱擁だった。
私は熱に浮かされている気分だった。
彼は、私から目を反らしている。頬が少し赤い。
「明日また来るから――な」
「はい――――」
レターが病室から出て行った後も、私は空っぽになってしまったかのようにボーっとしていた。




