独裁のエアディシルク 10
レターが叫んだのと同時に、私の肩に眷属の牙が突き刺さる。
痛み――そして、倦怠感――意識がぼんやりと遠のく。
「やろぉああ!!」
ぼやける視界。レターが駆け寄ってきて、眷属に拳を振るう。しかし、眷属は直前に飛びのいてしまった。
「…………」
体が傾く。ダメだ、立っていられない。
「ノーム!」
レターが私の体を抱きとめてくれた。
重い瞼を何とか押し上げる。私は彼を見上げている。彼の腕に抱かれながら――。
「おい、しっかりしろ。ノーム!」
ああレター。そんなに悲しそうな顔しないで。泣いちゃダメだよ。
「クソッ――なんでこんなことに……俺のせいだ。全部俺のせいだ」
違うよ。私が馬鹿だったんだ。後先考えず突っ走って――ほんとダメダメね……。
でもレター。あなたが泣く必要は無いの。
「だ――大丈夫だよ、レター。あなたは一人じゃ――ない――」
「ノーム……何を?」
「私が居なくても――レターならすぐに……すぐに友達ができるよ――だから、大丈夫――だ――よ――――」
「ノーム? ……おい、ノーム! 返事をしろ!! ノーム――ノ――ム――――」
もう何も感じられない。意識が無くなる――。
でも、言いたいことは言えたはず――――いや、しまった……告白の答えを言いそびれてしまった。ほんとダメね。
レター、私もあなたのことが好きよ――初めて会った時からずっと…………。
*
俺が駆け付けた時――ノームは誰かに抱きしめられたままガクッと頭を投げ出していた。
(間に合わなかった……)
自分の愚鈍さが嫌になる。生徒を避難させる任務すら満足にこなせなかった。
でも、落ち込んでる場合じゃない。まだ戦闘は続いている。
広場には眷属が集結している。避難誘導はほとんど終わっており、町には誰も残っていない。
だからだろう――奴らの数は相当なものだ。
優に五十人は居るだろう。
しかし、我々はまだ引くことができない。奴らの異常な身体能力なら、避難民に一瞬で追いついてしまうからだ。
(食い止めなければ――!)
警戒しているのか、奴らはゆっくりと近寄ってくる。
俺は剣を抜き、ノームを抱いたまま沈黙している男の前に出る。
「おい、あんた。悲しむのは後にしろ。このままじゃ襲われるぞ」
「……君は?」
「エイモス――自治会の人間だ」
「戦うの?」
「ああ」
「どうして?」
「自治会に所属しているからだ」
「そんな理由で?」
チラと背後を見る。男は腫れぼったい顔で俺を見上げている。
(そんな理由――か)
我ながら馬鹿らしいと思うよ。でも、
「本当は理由なんてどうでもいいんだ。ただ、中途半端じゃ死ぬに死ねないんでね――男ってそういうもんだろ?」
「そうなの――?」
「そうさ」
「…………」
彼はそれ以上何も言わなかった。
さて、カッコつけてみたものの、このままじゃ本当に死ぬだけだ。どうするかな。
――分からん。けど、やってみるしかないだろ。
覚悟はすぐに決まった。自分でも驚くほどあっさりしていた。
「行くぞ――」
剣を振りかぶり、突進する。
目標は一番近くにいる眷属に定めた。剣の腹で加減して叩けば死にはしないだろ。骨の一二本は折れるかもしれないが、この際勘弁してくれ。
敵の間合いに入ったところで、足を踏ん張り、剣を横薙ぎに払う。
「はあ――!」
が、何の手ごたえもない。
(避けられた)
体勢を整えつつ”反撃が来るか?”と身構えていたが、何も起きなかった。
続けて攻撃を仕掛けようと、敵の姿を探す。
――しかし、敵はどこにもいない。
後ろにいる眷属たちに紛れてしまったのだろうか? そんな派手な動きをしたならさすがに気づくはずだが。
俺が、戸惑っていると、背後から声が聞こえた。
よく通るボーイソプラノ。聞き覚えのある声だ。
「やあエイモスくん。遅れてすまないね――」
「か、会長!?」
その白銀の髪を見間違うはずがない。
散歩でもしているかのように堂々とした足取りでこちらに近づいてくるのは、大貴族の子供――リード=ティラムントだ。
「避難民に襲い掛かってきた眷属の相手をしていたのだが、いやはや、少々手こずってしまった。
しかし、もう大丈夫だ。君は僕の後ろにいてくれ――離れないでくれよ?」
「いえ、俺も戦います」
「うむ――では、命令ということにしよう。不本意だがね」
「そんな!」
「まあまあ、取りあえず下がってくれ。もし、助けが必要だと思ったら戦ってもらって構わないから」
「――はあ」
そこまで言われたら――と、渋々引き下がる。
隣にノームを抱え膝をつく男。
リードは眷属から俺たちを庇うように立つ。
「うむ――では始めようか」
そう宣言するが、何も起きない――と思ったのもつかの間。とんでもない現象が起きた。
「――なっ!」
広場にいた眷属が消えた。石畳を埋め尽くしていた影がすべて消え去ったのだ。
――そして、
その直後、眷属たちが”降ってきた”。
――バタバタバタ――
と、地面に打ち付けられる。
なんということだ――これはリードが起こしているのだろうか?
「ウウウウゥゥ……」
動かなくなったのもいたが、ほとんどの眷属はすぐに立ち上がった。皆こちらに視線を向けているが、襲ってくる素振りはない。きっと、奴らも戸惑っているんだろう。
ボンヤリと突っ立ったままのリードが何かしたようには全く見えないのだ。
「頑丈だな――もう少し高度を上げよう。体への損傷はギリギリだが、仕方あるまい。我が校の医療技術はかなりのものだ――だから、安心してくれ」
言い終わるかどうかのタイミングで、またしても眷属が消えた。
今度は見逃さなかった。
次の瞬間、その場にいた五十人以上の眷属が、空中に現れる。
そして、落下する。
――バダバダバダ――
と、さっきより大きな音を立てて地面に叩きつけられる。
今度こそ起き上がれる眷属は一人もいなかった。
「な――終わったんですか……」
「ああ、そのようだ」
振り返ったリードは完全に無表情だった。一切の感情が感じられない。
俺には、まだ信じられないが、どうやら戦いは終わったようだ。
いとも簡単に、一瞬で――。




