独裁のエアディシルク 9
――ドン、ドン、ドン――
荒々しいノックの音で目が覚める。
まだ真っ暗だ。こんな時間に何だろう。
警戒ししつつ、玄関に向かう。すると、
「自治会です! 起きてください。非常事態です!」
聞き覚えのある声だ。すごく焦っている。
ドアを開ける。
すると、明るい金髪の少年が立っていた。
「あなたは――エイモスさん?」
「ノームさん? あなたの家でしたか――」
向こうも私を見て驚いているようだった。しかし、すぐに表情を引き締めて、
「話している暇はありません。付いてきてください。ここにいては危険だ」
「――――?」
なにを言っているのだろうと思い、一歩外に出る。
そして、すべてを理解する。
「なに……これ――?」
通りの向こうの方が明るい。といって日が昇ったわけではないようだ。
赤い――あまりにも赤い。炎の色だ。
黒煙とともに、炎が町を覆っている。
耳をすませば、パチパチと火の粉が弾ける音や、バリバリと何か重いものが落ちる音が聞こえてくる。
まさしく非常事態だ。
私が呆気にとられていると、急に手を引っ張られて、つんのめる。
「さあ、早く。ここにいたら奴らが来る。その前に逃げましょう」
「奴ら――」
手を引かれ走りながら、私は考えていた。
奴らというのは、眷属のことだろう。
ということは、この騒ぎを起こしたのは眷属なのだろうか?
(レターはどうしてるのかな――)
色んな想像が浮かんでは消える。その全てが悪い想像だった。
私は、気づいた時には、エイモスの手を振り払っていた。
「――なっ。どうしたんだ?」
「ごめんなさい。でも、私――自分だけ逃げることはできません!」
私は走り出す。
空を赤く染める炎を目指して――。
レターはそこにいるはずだ。
*
レター=パーケイトは燃え盛る町の中にいた。
(クソッ――あと一息だというのに!)
四方を建物に囲まれた広場の中心に立ち、辺りを警戒している。
その顔には明らかな焦りが浮かんでいる。
これまでバラバラに行動していた眷属が、ここにきて、不可解な挙動を見せた。
家に火をつけて回っているのだ。それも単体での行動ではない。火をつける係、建物から脱出してきた人間を襲う係――と、役割分担をして人間を襲っている。
戦闘能力では圧倒的に勝っているレターだったが、敵を引き付けるだけ引き付けて、決定打を打てずにいた。
(一人捕まえても、血を吸う前に新しいのが庇いに来る――クソッ――どうすれば)
眷属を傷つけることはできないので、加減をしなければならない。
眷属たちが連帯感を持ち、一対多の戦いとなった今、その制約がレターを苦しめていた。
(来る――!)
彼の研ぎ澄まされた感覚がいち早く察知する。
「――ッ」
背後に飛びのくと、ワンテンポ遅れて、その場所に火の付いた松明が降ってくる。
子供だましの攻撃だった。
しかし、同じ場所に遅れて飛来した透明な瓶を見た瞬間、レターの顔に驚きが浮かぶ。
(なにっ――そんな知恵を!)
地面に打ち付けられ割れた瓶から透明な液体が漏れ、松明の日に引火する。
――バシュン――
控えめな破裂音――しかし、効果は絶大だった。
「くっ――ああ!」
レターが爆発の衝撃で体勢を崩し着地に失敗。地面をズザザ――と滑る。
所々服が焦げ、体中にガラスの破片が刺さっている。
しかし、体をいたわっている余裕はなかった。
「ウウウウゥ!」
倒れたレターの上に、眷属が飛び込んでくる。
両手を組んで作ったハンマーが彼の顔面に振り下ろされる。
「――ッ」
レターは地面を転がり、何とか回避する。
(やはりおかしい――なぜこんな連帯攻撃を)
体勢を立て直して立ち上がろうとしたところで、背後に気配を感じる。
振り返る余裕はなかった。
「うっ――がぁ!」
背中に激痛が走る。
忍び寄ってきた二人目の眷属が背後から蹴りを入れたのだ。
レターは弾き飛ばされ、倒れ伏す。
(ま、まずい――こう畳みかけられたら対処しきれない)
焦りを感じながら、体を起こす。
すると、底には絶望の光景が広がっていた。
至る所で火の手が上がる広場―いつの間にか十人以上の眷属が集結していた。
「な、なんだと――?」
完全に包囲されていた。銘々、松明や油が入った瓶を持ち「ウウウゥ――」と不気味なうめき声をあげている。
やがて、一体の眷属が前進する。すると、示し合わせたかのように全ての眷属が歩き出す。
レターを囲う眷属の円はどんどん小さくなっていく。
(本気で戦えば多分勝てる。でも――)
レターの体から力が抜けていく。
直立したまま両手をだらんと垂らし、目をつぶる。
(これ以上罪を重ねることはできない――これ以上人を殺すくらいなら――)
眷属たちは容赦なくレターに迫る。
(ごめんよ、ノーム。俺はお終いみたいだ――約束は守れなかったよ)
すべてを観念しきった彼の上に、眷属の拳が振り下ろされようとしていた。
体のリミッターを解かれたそれは、岩をも砕く威力を秘めている。エアディシルクの力を宿したレターであれば、一二発くらいは耐えられるかもしれない。
しかし、敵は大所帯だ。やがて、彼の体も限界を超え再起不能になるだろう。
そうと知りながらレターは動かない。
それが、彼なりの罪に対する贖いなのだった。
しかし、
「レター!!」
レターの目がハッと開かれる。
聞き覚えのある声、その方を見る。
「なっ――ノーム? こんなところで何やってんだ、馬鹿!」
広場の入り口に、白いワンピースの寝間着をきたノームが立っていた。
(マズイ――!)
眷属たちの視線がノームに向いていた。
そして、一体の眷属が走り出す。
弾丸のような速さでノームの方へ飛んでいく。
(させるか――)
レターはそれに反応し、後を追う。彼の身体能力であれば、出遅れたとて、余裕で追いつくことができる。
しかし――、
「――――?」
地面を蹴ったはず足から何の感触も帰ってこない。
レターは前傾姿勢のまま、つんのめるように体制を崩す。
スロー再生に用にゆっくりと流れ始めた視界の隅で、状況を把握する。
眷属の一人がレターの足を持ち上げている。
地面を蹴りそこない、推進力が得られなかったのだ。
(おい、嘘だろ……やめてくれ――)
ノームに迫る眷属。
体勢を崩したレターは、もう間に合わない。一秒と間をおかず、ノームは眷属に襲われてしまうだろう。
「あああああああぁぁぁぁ!!!!」
レターは狂ったように叫んだ。
その声は周囲の壁に反響し、空へと昇っていく。
しかし、それだけだ。
レターの無力を証明するかのようだった。




